第6話 とある女子高生

翔は今すぐにでも用を足したかったが、まだ走ってくる後ろの集団を警戒していた。せっかく隠れられたのに、うっかり見つかってしまっては台無しだからだ。全員が裏門から出ていくのを待っていた。1分、いや2分ほど待っただろうか。いつもビリでお決まりの奴が走って通り過ぎると、翔は安堵して、トイレ探しを始めた。

旧校舎の人気のない裏手を歩いた。男なので、その辺の人気のないところで用を足すのは簡単なことだ。しかし、もし誰かに見つかってしまったら、授業をサボっている上に立ちションを見られるなんて、そんなことは自分の中で許されないと思い、その選択肢はなかった。とは言っても、当たり前のことだがそんな都合よく目の前にトイレが現れるわけがない。『あぁー、ヤバいぞ。もう本当に限界だ』そう思っていると、旧校舎裏側の扉が少しズレていることに気付いた。『お、もしや』翔は扉をゆっくりと引いてみる。『あ、開いたぞ。よかった。これでトイレに行ける』翔は運良く旧校舎に入ることができ、トイレを探した。『廊下を歩いていれば、そのうち遭遇するだろう。学校なんてみんなそういう造りだもんな』そう思いながら歩いていると、すぐにトイレを見つけられた。『やっぱりそうだよな』と翔は思いながら、トイレへと入った。『いやぁ、本当に危なかった。優には助けられたな。ありがたい。今度ジュースでも奢るか』旧校舎は古い建物なので、もちろん古いトイレだ。閉鎖する直前まで、しっかりと掃除がされていたのか、トイレも校舎内も砂埃は酷いが、荒れている様子はない。『この校舎、キレイにしたらまだまだ使い道ありそうだよな。勿体ない。みんながマラソンで校外から戻ってくるまで時間があるから、少し校舎内を散策でもしてみようかな』翔は校舎内を歩き始めた。もちろんこれと言って散策の目的はない。みんなが戻ってくるまでの、ただの暇つぶしだ。目の前に階段があったので、2階へと向かってみた。『何か面白いものないかな。あ、音楽室があるぞ。行ってみるか』翔は音楽室へと入って行った。中へ入って驚いた。『本当に何にもないな』旧校舎を壊さずに新校舎が作られた為、旧校舎時代から使われているほぼ全ての物が新校舎に搬入され、そのまま使われている。その為、旧校舎の中はほとんど何も残っていない。残っているのは、黒板のトレーに置いてある、短くなったチョークぐらいだ。『何の面白味もないな』翔はそう思いながら音楽室を後にした。『次は‥‥‥』翔は音楽室を出て、また散策を始めた。3階へと上がり歩いたまま各教室を横目で見ながら散策をしたが、特にこれと行って興味のでそうなものは何もなかった。旧校舎は3階までしかない。翔はまだ散策が完了していない、1階へと戻り、散策を始めた。『おっ、体育教官室がある。体育教師ってなんとなく怖いイメージあるから、体育教官室も普段は近づこうとも思わないんだよな。旧校舎なら、先生も誰もいないから、ちょっと覗いてみよう』翔はそっと体育教官室のドアを開けて、中を覗いてみた。『おっ、なんかソファがあるぞ。物が置いてある教室は始めてだ』翔はドアを開けて中へと入っていった。そこにはソファが一つだけ置いてあった。黒の本革っぽい素材のソファだ。何故か汚れてはなく、状態もいい。今さっきまで誰かが座っていたような、そんな雰囲気さえ感じた。大人が横になれるくらいの横幅もあり、隠れて休憩するにはもってこいの場所だ。

「ふわぁ、なんか疲れた」

翔はそう言いながらうつ伏せにソファへと倒れ込んだ。『やっぱり思った通り、フカフカで心地のいいソファだ。なかなかの代物に違いない。あ、今度優も連れて来よう』そう思いながら、うつ伏せから体勢を変え、今度は仰向けに寝っ転がった。『あぁ、気持ちいいな‥‥‥これは寝れる‥‥‥』翔は目をつぶってのんびりしようとしたが、ふと思った。『なんでこの教室にだけソファがあるんだろう‥‥‥他の教室には何にもなかったのに‥‥‥‥誰かが後から運んだ‥‥‥とか?』そう思うと、なんとなく怖くなってきた。旧校舎を使わなくなってからこのソファを誰かが運んでいたとしたら、その誰かがここへ来る可能性がある、と思ったからだ。『なんか、イヤな気分になってきたな。さっさと出よう』そう思い、翔は起き上がった。寝転がっていた体勢から、ソファに座る体勢に動いた。頭の中はボーッとしていた。おもむろに教室を見渡すと、壁際に人がいることに気がついた。『んっ?えっ?あっ?人?えっ?』翔は一瞬訳が分からなくなった。1人だと思ってぼーっとしているところから、いきなり視界の中に人が飛び込んできた。すっかりリラックスしていて、思考は停止状態だったのに、さらに思考が停止した。一度下を向き、もう一度顔をあげる。やっぱり人がいる。相手は何も言わずに壁際に立っている。何か言われるかと思ったが、何も言われないので、翔も黙ったままだった。数秒見つめあったのち、その人の姿が薄いことに気付いた。『あっ、この人未練仏なんだ。だから何も言われない、というか、言ってこれないのか』なんとなく状況が理解できてきた。少し落ち着くと、その人が女性であることに気付いた。『冷静に見たら、この人女の人だ。そして制服を着ている。でも、見たことの無い制服だな。歳は‥‥‥俺とあんまり変わらなさそうだから、高校生なのかな。中学生にしては、雰囲気が大人すぎるもんな』そう思っている最中も、相手の女子高生は特に何かを伝えようとするわけでもなく、キョトンとした表情で翔を見ていた。お互いにキョトンとしてしまった。翔はふと我に返り

「あっ、突然すみません。もう行きますので。本当にすみません」

と言って、その教室を出ていった。『あの人一体誰なんだろう‥‥‥制服もうちの制服じゃなさそうだし‥‥‥違う学校の人が、うちの学校の、しかも体育教教官室に未練があるなんて‥‥‥‥なんか変な感じがするな‥‥‥』そう思いながら、翔は裏門へと向かった。

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