第5話 翔のピンチ
なんとか体育教師の近藤コンドウが来る前に、翔と優は校庭にいる他のクラスメイト達と合流できた。近藤が来ると、授業開始の挨拶をし、体育委員の掛け声の元、準備運動が始まった。
「優、俺ヤバいかも」
翔が準備運動の号令の声に紛れ、優にこっそりと話しかける。
「んっ?どうした翔?さっきの話で悶々としちゃったのか?」
優が笑いながら翔に返事をした。
「イヤ、急いで外に出たからトイレ行きそびれて‥‥‥漏れそうだ」
「おいおい、大丈夫かよ。とりあえず準備運動終わったら、どさくさに紛れて抜けたら?」
「うん、そうするつもり。でも、今日は何するんだろう。それによっても俺の運命が左右される」
「絶望的な言い方だな。大丈夫か?」
「イヤ、ダメだ」
そう言った後、翔の顔が真剣な顔になり、何かに集中しているように黙り込んでしまった。
準備運動が終わり、近藤から今日の授業内容が発表される。翔の運命の瞬間だ。
「よし、準備運動終わったな。今日はマラソンの授業だ。月末に行うマラソン大会に向けての練習だ。実際のマラソンコースで走る。学校から外に出るから、くれぐれも車、バイク、自転車、歩行者、周りに注意して走るように。そして各々真剣に取り組むように」
優が翔に話しかける。
「翔、よかったな。マラソンなら走ってる途中で、どさくさに紛れてトイレに行けるぞ」
翔はうんうんと、首を縦に振ってうなずいた。もう声も出せないほど限界のようだ。
「よし、全員位置につけ」
近藤がそう言うと、全員が校庭のトラックに真っ直ぐ引いてある白線へと並んだ。こういう時は、体育会系の奴は大抵先頭へと並びがちだ。しかし、体育会系と言えるほどではない翔の姿が一番前にあった。翔のトイレは限界だ。
「位置について、ヨーイ、ピーッ」
掛け声の後に、笛の音が鳴ると、全員が一斉に走り出した。
マラソンコースは、まずはトラックを半周回る。その後学校の校舎横を走り、学校の裏手へと向かう。現校舎と旧校舎が並んでいるので、その間を走り、裏門から校外へと出る。校外を回った後、再び裏門から校内へ戻り、現校舎と旧校舎の間を走り、トラックを半周してゴールとなる。チャンスはすぐに来る。現校舎と旧校舎の間を抜ける時に、こっそりと旧校舎の方へいき、どこか人気のない場所で用を足す算段だ。
翔はフライング気味にスタートを切った。が、運動部系の人達がすぐに次々と翔を追い抜いて行った。一瞬にして、走者グループの塊ができた。第一グループは運動部系の人達。翔はその次の第二グループの先頭を走っている。第二グループは翔の他に5、6人が一緒に塊を作り、走っている。トラックを半周走り終え、校舎横へと向かう。すぐに校舎横を過ぎ、校舎裏手へと入る。校舎の裏手へ突入した時に、翔の後ろから近寄ってくる足音が聞こえた。『まだ運動部系の奴らが後ろにいたのか』と翔は思った。足音はどんどん近付き、すぐに翔の横へと並んだ。翔が横目で見ると、その足音の正体は優だった。『優も運動はそこまで得意ではないはずなのだが‥‥‥どうしたのだろう』翔がそう思っていると、優がジェスチャーで何かを翔に伝えようとしている。翔はさっぱりわからずに
「えっ?なに?どうした?」
と聞くが、優は走ることに必死で、言葉を発する余裕がない。何か上を指さして、その後に旧校舎の方を指さしている。翔には何がなんだかさっぱりわからなかった。2人は並走していたのだが、優がいきなり足を止めた。と次の瞬間
「UFOだ!」
と優は大声で叫びながら、上を指さした。翔は、あっ、と思い急いで旧校舎へと走った。翔が引き連れていた第二グループの集団は、優の声に惑わされ、全員が一瞬空を見上げた。その瞬間に、翔は旧校舎へ走れという意味のジェスチャーだったのだ。翔には優のジェスチャーがうまく伝わっていなかったが、気心の知れた2人なので、アドリブでもすぐに通じた。翔は無事に旧校舎の人目のつかないところへと走り込むことができた。『優、ありがとう。でも、古典的なわかりやすいやり方だよなぁ』翔は優に感謝しつつも、心の中で笑っていた。
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