最終回 それが彼女たちスイーツバイクイーンなのだから
甘美院グループ本社ビルの前にリムジンが停まり、急いで外に出ると、そこは地獄のようだった。
「うでたてを……うでたて、を、しなければ…」
「ブラックモモ様……万歳」
何人もの社員達がビルのロビーで、目にクマを寄せながら腕立て伏せをさせられており、杏子さんが驚愕していた。
みんな、スーツの袖が破れていようと、肉体に限界がきていようとお構いなし。
たまに倒れた社員がいるかと思えば、ブラック上司に無理やり起こされて、また腕立て伏せをさせられている。
地獄だ。
俺は、地獄を見せられている。
「むごい……」
隣で杏子さんが、驚愕していた。
それもそうだ。ここは製菓を扱う会社だぞ。腕立て伏せなんて意味がない。
これも、全てモモが……なんということを。
「杏子さん。行こう。アイツを止めないと……」
「ええ。彼女がここまで力を付けていたなんて……」
ロビーを通り過ぎて、エレベーター前まで走っていく。
ところどころ残業地獄で横たわっている人がおり、被害の大きさを訪仏とさせていた。
ちなみに甘美院グループの就業時間は8時~16時までで、休憩時間中も職務中という超待遇が売りだ。
そんな人達が今は20時まで居残りさせられているとなったらそれは地獄以外の何者でもない。
あらためてやっぱ桃山製菓のブラックぶりが浮彫になった気がした。
「お父様……!?」
「杏子か………ぐっ」
エレベーター前に、ボロボロの状態で壁に寄りかかっている男性に、杏子さんが寄り添う。
杏子さんのお父さんのこの会社の代表取締役社長の人だ。
「すまない。桃山モモを止められなかった……」
「そんな、お父様はお嬢様ではないから仕方ないですわ」
「お嬢様ってなんなんだ……がくっ」
「お父様ーーーーーーー!!!」
考えることを放棄してたけど、まったくもってその通りである。
「桃山モモは屋上に居るから。よろしく頼む……がくっ」
「お父様ーーーーーーーーー!!!」
なんかとってつけたようにまた倒れた甘美院(父)を置いて、エレベーターに乗り込む。
しばらくすると、屋上ではなく、何故か厨房のある7階でエレベーターは停まった。
「……シュー様。ここからは戦いになります。スイーツバイクイーンのためにスイーツの準備を」
神妙な顔で俺に頼み込む甘美院さん。
なるほど。戦うためにはスイーツが必要だということだろうか。
「桃山モモのためだけにスイーツを作ってください」
「……いいのか?」
「その方が、全力で奪いにいけるというものですわ」
まっすぐに、俺の目を見てそう言った。
これはあれだ。宣戦布告というわけだ。
桃山モモに対しての、そして、俺に対しての宣戦布告。
「わかった」
そういって、俺は厨房に入り込む。
甘美院さんはそんな俺の背中を優しく押してくれた。
「先に上でおっぱじめておきますわ」
「……すぐに追いつく」
甘美院さんは、覚悟を決めた顔で、エレベーターに乗って行った。
――――さて、じゃあ世界最高のスイーツってやつを作り始めようか!!
――――――――
屋上。
そこでは二人の女が顔を突き合わせていた。
一人は金髪のお嬢様。そして、そんな彼女に背を向ける黒髪のお嬢様。
「……随分とお召し物が様変わりしましたわね。桃山モモ」
「甘美院杏子」
黒髪のお嬢様――モモの背中から黒い闘志があふれだす。それはまるで炎のように揺らめいていた。
モモの放つプレッシャーに、杏子は汗をにじませた。
「返せ……シューくんを……」
「シューさまは今、貴女のためにスイーツを作っておりますわ」
「……。」
「ですがそれは私が頂かせていただきますわ」
モモのプレッシャーが更に増し、その圧から出でる豪風が、杏子の頬をなでる。
「……メッサツする」
「上等―――」
両者がスイーツバイクイーンを宣言し、戦いが始まった―――
―――――――――――
モモは子供の頃から甘いものが苦手だった。
桃山製菓はお菓子工場なのに、なんでか甘いものや粉もののスナック菓子が苦手だったモモはみんなからよくからかわれていた。
俺はそんなモモの幼馴染で、よくできた遊び相手で、小学生の間はずっとモモと一緒にいたことを覚えている。
いつだったか、中学生のころぐらいから、俺はモモのことが好きだと自覚した。
きっかけがなんだったかは正直覚えていない。男なんてそんなものだ。
だけど、初恋をした瞬間にした約束だけは、俺はきちんと覚えている。
そんな初心を忘れずにいるから、俺は世界を取れたのかもしれない。
アイツがいなければ、俺は将来の夢も、なりたかった理想も、見つけられなかったと思う。
「待ってろ」
最高のスイーツを作り終えて、俺はエレベーターで屋上に向かう。
気づけばかなりの時間を使っていた。
なにやら上の方から大きな爆発音のようなものが聞こえてきてはいたが、杏子さんは大丈夫なのだろうか?
そんなことを思いながら屋上に付くと、事態は思わぬ方向にむかっていた。
「……はぁ、はぁ」
「……誰?」
杏子さんが、あの、甘美院杏子が……膝をついていた。
その目の前では、彼女の髪の毛を掴む、黒髪のお嬢様が、こちらに視線を向けた。
随分と様変わりしているが―――モモだ。
俺のことが分からないのは、俺がスイーツを作る時に集中するために仮面を着用していて、それを忘れたまま来たからだ。
「よそ見をするんじゃありませんわ」
息を切らせながら、杏子さんが扇子を突き出し、モモを強襲すると二人の距離が離れる。
「杏子さん……」
「カシドー様。ご心配には及びません。この程度……くっ」
杏子さんは体中の痛みに苦悶する。
過去ここまでボロボロの杏子さんを見たのは初めてだった。
目の前ではモモがこちらの様子を伺いながら、重厚なプレッシャーを放っていた。
……すさまじい。アレが本気のモモの姿なのか。
「……シューくんはどこなの? ねぇ、ねぇねぇねぇねぇ」
「本気を出さねばならないようですわね」
そういうと杏子さんは胸の谷間に手をツッコんで、何かを取り出した。
あれは、ホワイトチョコ?
それを口に含むと、杏子さんの体が光輝いた。
――なにこれ!?
「見てなさい。これがわたくしの真の姿……ブラウンアイズ・ホワイト・アンコですわーーーー!!!」
ブラウン、アイズ、ホワイト、アンコ。
なんだか偉い長ったらしい名前になっちまってるけど、やたら強そうだ。
背中からは神々しいまでの輝きを放つ翼のようなオーラが、彼女を包み、ドレスは全身銀色に輝く。
普段の彼女の雰囲気が金色だとすると、まさに今、ドラゴンボールで言うとこの身勝手の極意みたいな感じだろう。
なんだか強そうに見える。
いつのまにやら受けたダメージも回復していた。
「……貴女も本気を出してかかることですわね」
「言われなくても……」
今度はモモが、意外と深い胸元に手をツッコんで何かを取り出す。
……コーヒーぜりーだ。
「そ、それは……禁忌とされたアイテム……!お止めなさい桃山モモ!」
杏子さんの制止も空しく、モモはそれを一気に含む。
そして、夜の闇が一層濃くなり、黒い嵐が暴れだした。
な、なんて力だ……。
「レッドアイズ・アルティメットブラックモモ」
漆黒を纏いし、麗しき赤き目を持つ究極のお嬢様が、そこにいた。
「……なれたんですわね。究極の力を持つお嬢様に」
「燃えろ……」
アルティメットモモが手をかざすと、杏子さんの体が突如として発火し「ミッ……」と驚きの声をあげながら杏子さんが炎上する。
いやちょっとーーーーーー!? 何が起こってるのーーーー!?
「お返しですわ……」
負けじと杏子さんも右手をかざすと、モモまで突然発火しはじめた。
なに!?これなにが起こってるの!?
お互いに発火しようと決定打にならないと踏んだ二人は、お互いに拳を固めてゆっくりと歩み寄る。
この一撃で決めきるつもりのようだ。
「―――甘美院杏子ぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「―――桃山モモぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
―――――ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!
二つの力同士がぶつかり合い力の奔流が渦をまき、クロスカウンターして、二人ともが地に倒れた。
「はぁ……はぁ……」
「っく……」
どちらも苦悶の表情を浮かべて、地に伏せる。
先に起き上がったのは、モモだった。
ゆっくりと、杏子さんの方へと歩みを進めていく。
「はぁ……これで、とどめ……」
モモが拳を振り上げる。
――いけない。
「モモーーーーーーーーーーーーー!!!!」
気づけば俺は駆け出していた。
そして、モモと杏子さんの間に踊りだし、モモの口に、俺がモモのために作ったピーチタルトをツッコんだ。
―――――――
気づけば夢の中にいた。
まどろみの中で、男の子と女の子が寄り添っていた。
私にとって大切な人。
社長令嬢として周りから浮いており、小学校のころはそれで何度もからかわれたりもした頃も、彼はずっと一緒に居てくれた。
最初はお金持ちだから遊んでくれているのだろうと警戒していたが、彼はずっと、私の傍で楽しそうにしていた。
小学校の途中ぐらいから、社交界に出るようになって、私は周りと彼を比べるようになった。
周りの人間は私の血筋や後ろにあるものしか見ていない。
だが彼は違うのだ。
きっと私がお金持ちだろうとそうでなかろうと変わらずに傍に居てくれる。
そう思ったら。初恋が始まるのはすごく早かった。
ある時、わたしは彼に一つ嘘を吐いた。
「私、甘いものが苦手なの」
彼とハロウィンに行った時、その時に吐いた嘘。
大人たちから貰えるお菓子の量が私の方が明らかに多かった。
だから彼に渡された半分渡そうとした時の口実だった。
「そうだったんだ。じゃあ、俺がモモが美味いって思えるような世界で一番美味いお菓子を作るよ」
彼はそういった。
その日から彼はずっと、そのためにいろんなことをしていたような気がする。
雨の日も、風の日も。時にはオカルトにすら頼っていた。
だから、わかってしまった。
―――あぁ、この味は……
―――――――――
「おいしいよ。シューくん……」
モモは涙を流しながら言った。
よかった。約束はきっちりと果たせたようだった。
遠く遠回りをしていたような気がするが、こうしてモモが美味しいと言ってくれただけで、満足な気分になった。
モモが纏っていた黒いオーラが消えていき、彼女の髪色が、ドレスの色が、全てピンク色に戻っていく。
正気に戻ったようだ。
「……私、シューくんに言わないといけないことがあるの」
「俺もだよ」
俺は仮面を脱いで、顔をよく見せると、彼女はそっと頬をなでた。
モモが俺にキスをする。
甘く、禍根の全てが夜の闇に消えていくような。そんな感覚だった。
「大好き」
モモが俺の目をまっすぐ見て告げる。
そっと、体を抱き寄せて、この夢が覚めないで欲しいと思えた。
「まったく……見せつけてくれますわね」
後ろからそんな声が聞こえてきたような気がする。
気づけば頭の中から他のことを追いやっていた。
「……でもこの甘美院杏子は、ただでは転びませんことよ」
そういって、杏子さんは屋上から立ち去っていく。
―――こうして、今回のスイーツバイクイーンは終わったのだった。
―――――――
エピローグ
「……でさ、そんなわけで私とシューくんは恋人になった……」
腰に手を当ててモモは言う。
なんかこう、恋人と言われると気恥ずかしい気分にさせられるが、まぁ悪い気分ではない。
杏子さんのティーカップに紅茶を入れながら、そんな風に感慨に耽る。
うん、やっぱり恋人という響きは素晴らしい。キュンとする。
「はずだよね?」
怒り心頭と言った風にモモは圧を込めていう。
矛先は、俺の横で特製マカロンをつまむ杏子さんと、俺。
まぁつまりはちょっとした修羅場というヤツだった。
いつものように甘美院グループの庭園でスイーツを食べて、杏子さんは幸せいっぱいに微笑んだ。
そんなに喜んでもらえるとは作った側としては冥利に尽きるというものだ。
「なんでシューくんに未だにお菓子を作らせているのかな?」
「何故って、未だにシュー様はわたくしのものだからに決まっていますわ」
「……どうゆうこと?」
じろりと睨みつけられる。
まぁでも仕方がないことなんだよな……。
「シュー様はわたくしの専属パティシエールですの。それにこちらに親御さま公認の婚約証書もございますのよ」
「どうゆうことなのよーーーーー!!!」
モモが掴みかかるが、杏子さんは闘牛士よろしくひらりと避ける。
黒くない状態では未だにパワーバランスは及ばないようだ。
俺が編入する際、杏子さんは婚約証書まで親父たちに書かせていたようだ。
まぁなんというか用意周到というかなんというか。
「シューくんもなんで断らないのよ!」
主に桃山グループの跡継ぎとしてそのまま行った場合、ほぼ確実にブラック労働をさせられると考えると少しだけ、ほんの少しだけアレだったーとか。
モモのことは好きなんだけど、それとこれとは話が別なような気がするとか。
甘美院グループのぬるま湯に浸かるほうが気持ちがいい気がしただけだとか。
まぁそれよりも重要なのは。
「杏子さんは俺の推しだからな」
「はああああああああああああああああああ!?!?」
そう。推しだからである。
あのリムジンの中で気づいてしまった。
別に甘美院杏子という人間が、俺は嫌いなわけではない。むしろ好感が持てる方だ。
そんな人の好意を正面切らずに無為するというのもなんだかはばかられた気がして、俺ははっきりとは断らなかった。
俺の答えを聞いて満足そうにする杏子さん。
対してモモは怒りが天元突破して黒くなりはじめていた。
「この泥棒猫!! やっぱアンタ許さないから!」
「あらあら殿方の前で嫉妬とは、はしたない方ですわ~~~~~!」
バチバチとにらみ合う両者。
これは収集が付かないからと、右手をあげた。
「じゃあ、このマカロンを賭けて……スイーツバイクイーン」
宣言をすると、すぐに爆音が上がった。
そのまま空を飛びながら猛烈な勢いで殴り合いを始める両者を見て、俺は笑った。
「お嬢様。楽しそうだとは思いませんか?」
「セバスチャンさん」
気づけば俺の横にセバスチャンさんがいた。
相変わらず突然現れたり居なくなったりとせわしない人だ。
二人の戦いを見ながら、セバスチャンさんはにこにこと笑っていた。
「あのように楽しそうにしているお嬢様は久しぶりでございます。学校では一番浮いた存在として、そして今まで気の置ける友人などいらっしゃらなかった方なので」
「モモが友達、ですか?」
「私にはそう見えますよ。それに修様もそうでございますよ」
まるで花火のような煌びやかにぶつかりあう両者。
あー、これはまた相打ちになりそうかな?
「シュー様には感謝しています。どうか末永く、よろしくお願い致しますね」
そういってセバスチャンさんはどこかに消えていった。
俺は未だにぶつかりあう両者を見て思った。
好きなモノを賭けて、全力でぶつかりあって、分かり合う……。
きっとそうして得られるモノが、彼女たちお嬢様にはあるのかもしれない。
なら今後も少しずつスイーツを作ってあげよう。
「モモぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「アンコぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
きっとこうして今後も彼女たちはぶつかり合い、奪い合っていくのだろう。
だけど、ただ憎しみで終わらない。
そこにはきっと、意味があるのだ。
多分、きっと、おそらく。
だってそれが、彼女たち―――スイーツバイクイーンなのだから。
完
スイーツバイクイーン 阿堂リブ @Live35
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