第4話 テニスのお嬢様になりたくて
私は激怒した。
必ず、かの邪知暴虐なお嬢様からシューくんを取り戻さなければならぬと決意した。
「やああああああ!!!!!」
岩を拳で破壊する。
単なる正拳突きを愚直に繰り出す。
雨の日も、風の日も。
山に籠ってしばらく、クマと戦い、野山を走り周り、たまに全てを脱ぎ捨てて大自然に触れて世界を感じることで、精神を鍛える。
まれに、全裸のシューくんを野山で見かけることがあるのだが、たぶん幻覚か何かだろう。
とにかく、私は今までとは比べ物にならないほどの修行をしている。
気づけば周りも暗くなって深夜。
いつの日か、髪の毛の色が落ちてしまい。元の黒髪に戻ってしまったが、まぁそんなことは問題じゃない。
問題はあの女をいかにしてボコボコにして、シューくんを取り戻すかだ。
「足りない……こんなものじゃ、まだあの女には……」
岩を拳で破壊するが、まだ足りない。こんなものでは、到底……。
そんなことを考えていると、背後に気配を感じた。
「誰……?」
振り返ると、そこには黒いコートを来た女がいた。
顔はフードで隠れており、誰かはわからない。だが体型は明らかに女のたおやかさを感じさせた。
「力が欲しい……?」
その女は、小さくそう言った。
迷うことはない。私は寝不足でどうにかなりそうな頭で頷いた。
「欲しい。誰にも、負けない……全てを奪い返す力を!!!」
「良いでしょう……これを持っていきなさい」
そういうと、彼女は私に何かを手渡した。
「見せてもらう。貴女の……覚悟を」
女の姿が闇に溶けていく。
私は、手の中に収まったモノを確認する。
「―――これは!!?」
私は、それを見て驚愕した……これは、お嬢様界隈では余りに危険と禁じられたアイテムではなかったのだろうか。
なぜ彼女はこんなものを渡したのだろうか……何者なんだ。彼女は。
彼女が消えた方を見据えながら、
私は、コーヒーゼリーを握りしめた。
―――――
聖セントノエル学園。
それは、お坊ちゃまお嬢様達が通う不動の名門校として名高い超上流階級の人間だけが許される花園。
まぁなんか、乙女ゲーでよくありそうな美男美女だらけの現実味のない学園に、俺は転校した。
杏子さんの使用人的なポジションとかいう立ち位置に落ち着き、まぁなんというか忙しい日々を送っていた。
まず転校初日、滅茶苦茶おぼっちゃま共に滅茶苦茶、下民扱いされていびられた。
ケーキで全裸にひん剥いてやったら全員俺の舎弟になったし、それはまぁ良い。
正直、杏子さんがあんまり学園で人気がないことの方が意外だった。
というか、浮いていた。
なんか婚約者いたりとかしていたわけだけど、俺と出会うに至って婚約解消したことが原因らしい。
その婚約者というのが、学園でもトップの人気を誇る人だというから、周りはさぞ炎上したそうだ。
今では悪役令嬢よろしく腫物のように見られている。
しかし当の杏子さん本人は滅茶苦茶どこ吹く風。超かっこいい。惚れそう。ファンサして。
さて、そんな杏子さんだが、学園では苦手な人もいるらしい。
「フッ……やぁ杏子」
「なにかしら?北王子会長。マジでキラキラと目ざわりだからどっか行って欲しいのだけど」
いつものように中庭で紅茶を交えたスイーツタイムに興じていた杏子さんに、今日は来客があった。
あの杏子さんが中指を立ててらっしゃる。よほど気に入らないのだろう。
とにかく全身金ピカの制服を着た鬱陶しいほど煌びやかな王子様風のお嬢様だった。
宝塚歌劇団とかに居たら花形スターほどの美貌を持ち、それでいて男性的な魅力を醸し出すその人。
背後には複数人の取り巻き……というかファンたちがおり、ライトで後光を浴びせていた。
生徒会長。北王子ツバサ。
この学園においては知らない人など居ないほどのお嬢様だ。
「フッ……いきなりご挨拶じゃないか」
「その鼻で笑ってから話す独特のしゃべり方マジで鬱陶しいからやめなさいな」
「フッ……嫌われたモノだねベイビー」
あまりの鬱陶しさに思わず俺も「うざっ」と口に出してしまう。
なんだこの人、すげーヤダ。
「フッ……? 君はミスターカシドー……だね?」
そういえば学園では俺はミスターカシドーとして振舞っており、仮面を着用している。
庶民だとバレてしまうと行き過ぎたイビリを受けるからというのが理由だ。
少なくともお嬢様界隈では俺は全世界パティシエ選手権の優勝者としてそれなりの知名度はあるようで、一定の信頼は得られていた。
「カシドー様に気安く話しかけないで頂けますかしら?」
杏子さん。なんかすっごいキレてらっしゃる。
そんな言葉を聞いてか、外野の北王子ガールズも何やら「ツバサ様になんて言い草!」「この悪魔!」などと滅茶苦茶罵声が飛んでいる。
典型的な悪役令嬢モノでよくある牽制合戦が行われていた。お嬢様こっわい。
などと大盛り上がりをしていると、北王子会長はゆっくり右手をあげた。
すると、スン……とまるで音楽団の指揮よろしく途端に周りが静かになった。
「フッ……あの誰にも興味を示さなかった甘美院杏子が、随分と彼にこだわるようじゃないか」
「わたくし、独占欲が強い女でして」
「フッ、幼馴染としてそんなこと、昔から知ってるよ」
へぇ、杏子さん。この人と幼馴染なんだ。
ちょっと杏子さんの意外な交友関係に、へぇーとなった。
ということは、昔からこの人のピッカピカキラッキラ具合を肉眼で直視させられていたのか。
なんだか気の毒だな。
「えぇ、ですのでお邪魔虫は消えていただけるかしら? それとも……」
杏子さんが扇子をパンと閉じる。
視線が俺の手の上に乗っているチョコケーキに集中する。
あ、この流れってもしかして……と思っていると、北王子会長はにやりと笑った。
「フッ……話が早いじゃないか。だがしかし」
――北王子会長が右手をあげる。なんか奇怪な手の指の形で。
「今回は、趣向を変えて行こうじゃないか……領域展開」
そういうと、周囲がまるで闇の沼に飲まれたかのように暗くなる。
あまりのことに驚いていると、急に辺りが眩くなり、景色が変わる。
なんだこれ、どうなってんだ……さっきまで中庭にいたはずなのに、何故か周りが……
「≪北王子庭球場≫」
テニスコートに早変わりしていた。
え、なにこれどうなってんの?
「さぁやろうか」
俺が戸惑っていると、いつの間にか北王子先輩がテニスウェアに着替えていた。
ただ、あれ、女性用のスカートひらひらしたやつではない。男性用のジャージと短パン。
しかもなんか、青と白が基調になったデザインで……どうみても青〇学園高校のソレだ。
「やれやれですわ。カシドー様。スイーツバイクイーンの宣言をお願いしますわ」
いつの間にやら杏子さんもどう見ても立海大〇属中学校のテニスウェアに着替えており、やる気満々だ。
仕方ないので右腕をあげる。
「スイーツバイクイーン」
宣言し、試合が開始される。
いつもの開幕で起こる爆発はない。
ちゃんとテニスの試合をするようだ。お嬢様っぽくて好きだぞそうゆうの。
「フッ……行くぞ杏子。―――ツイストサーブ」
北王子会長のサーブから始まり、綺麗なフォームから超速でボールが撃ち込まれる。
そしてそれが地面に着弾すると、ギャリギャリと音を立てて変な方向にバウンドした。
―――やりやがったアイツ!
「なんのこれしき!」
変則的なバウンドに反応して、押され気味ながらも杏子さんがサーブを返す。
「フッ……やるね!」
「その鼻で笑うのやめてくださるかしら!」
つづけざまの北王子会長のクロスにも反応し、ラリーが始まった。
一打。また一打とラリーが続いていく。
その様子を見て、北王子ギャラリーの方々が驚愕していた。
『なんなんですのあのお嬢様は!?』
『やりますわね。彼女……』
『こんなにも早く台頭してくるとは、ノーマークでしたわ』
眼鏡のお嬢様が眼鏡をクイっとあげて言う。
おい、何が始まった?音楽流れ始めてますけど???
『何もデータないんですの!?』
『いや……甘美院杏子、二年。アグレッシブベースライナー、性格は自由奔放で他人に流されない』
なんかデータキャラっぽいお嬢様が淡々と語っていく。
なんですか?そのアグレッシブなんとかってのは。
『神経質な面もあるが、常に前向きで、虎視眈々とミスターカシドーのケーキを狙っていたようですわ』
いや、こちらを見られても何とも言えませんけど。
まだラリーは続いている。
そっち見ろそっちを。
『誕生日は12月24日。血液型はAB型……』
いや待て。
そこまで知ってると流石に怖いぞ!!
『好きな言葉は―――』
「―――下剋上ですわ~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!」
膠着状態が動く。
杏子さんがドンと、コートを踏み込むと、独特な姿勢でボールを迎え撃つ。
「波動球」
ドカンと、杏子さんのラケットから爆発音がすると、それが北王子会長の顔面をとらえた。
「イリュージョン……返してみんしゃい」
当たる!
と思った瞬間、その弾は北王子会長の柔らかく繊細な動きで返される。
な、なんて美しい動きなんだ!
「死ね!!!!!!」
「ぐああああああああああああああ!!!!!」
そこから追撃のダンクスマッシュがノータイムで北王子会長の顔面に炸裂した。
うわ。痛そう。
とんでもないボールをまともに受けた北王子会長がぴくぴくと地面にうずくまり、立ち上がれない。
その間に、杏子さんが俺の持っているチョコケーキを手に取る。
「仁王推しは同担拒否ですの」
そう、クールに言い捨てると、北王子ガールズから罵声が飛んだ。
まるでただただサルの山を見るかのような目線で一睨みすると、彼女達は沈黙した。こわい。
そうして、杏子さんがチョコケーキを口に入れる。
実食タイムだ。
――――――――
チョコケーキを口に入れた瞬間。
わたくしは何故か、暗い闇の中に居ましたわ。
シューさまのケーキはどれも一級品。
しかし、見た目はさほど大したものはなく、普通。
味のみを追及し、研究しつくされたかの方の作品は、わたくしの舌を驚かせてきました。
しかし、今回は……まだ、なにも分からない。
ほろ苦いチョコのお味がする。
とても砂糖の分量に気を使ったのか、とにかくほろ苦い。
彼のことが分からなくなった。
今回は、驚きも何もない。
ただ、暗い空間に一人、取り残されたような気持ちにさせられました。
「そんなものか、甘美院杏子」
そんなとき、後ろから声がしましたわ。
あのお方の声。
後ろを振り返ると、まるで闇を纏ったかのような姿の麗しいかのお方がそこに居ましたわ。
「真の味を、その身に刻め……」
……舌先の奥、いえ、チョコの奥から、何かを感じる。
油断ならないモノ。
身構えたところで決して防げないその圧倒的味の暴力の正体は……
「アイアムラフランス」
―――――――梨の味が、口の中で光となってあふれだした。
―――――――――
北王子会長とのスイーツバイクイーンを制した杏子さんは、チョコケーキを食べたら何故か偽物のテニスコートごと全てを吹き飛ばして爆発した。
いや食べ物食べた時のリアクションじゃないんだけど、マジでなんだったんだろうか。
そんなわけで、現在は放課後。
帰り支度を済ませて、甘美院グループのリムジンに乗せられている。
隣では澄ました顔で、杏子さんが紅茶を飲んでいた。
「あの」
聞きたいことがあって、俺は杏子さんに話しかけた。
思えば、杏子さんに自分から話しかけに行くのは、お茶会以外では初めてだった。
「なんでしょうか?シュー様」
「なんで、俺をそんなに気に入ってくれたんですか?」
「まぁ、恥ずかしい質問ですわね」
そう言いながら、紅茶カップを一度置いて、すっと真剣そうに俺と向き合った。
「わたくし、全世界パティシエ選手権の審査員に居たのですわ」
「……。」
そうだったっけ?思い返してもやっぱり思い出せない。
まぁでも彼女がそう言うのではあればそうなのだろう。あまり人の顔を覚えるのが得意ではない。
決勝戦で当たった人の名前も覚えてないし。
「わたくし、あのシュークリームから、感じたのですわ」
「何を、ですか?」
そう聞き返すと、彼女は恥ずかしそうに目線を反らした。
「≪愛≫……ですわ」
そう語る彼女は、思い返すように口を開く。
「正確には、貴方様の特定の方に対する愛情……とでも言いましょうか。あの味は、それを感じさせてくれましたわ」
普通にシュークリームを作っていたのだが、確かにあの時はモモとの約束のことで頭いっぱいだったことは覚えている。
なんだかのろけているみたいで少し気恥ずかしかった。
「その≪愛≫を、ただわたくしに向けてほしくなった……」
まっすぐに、俺の瞳を覗き込んで、彼女は微笑んだ。
「乙女として、当然のこと、ですわ」
夕日に負けないぐらい赤くなりながらも、甘酸っぱい言葉を紡ぐ杏子さんは、どことなくいつもより幼く見えた。
そんな笑顔を見て、俺は―――脳を焼かれた。
あ、まぶしい。
「――――お嬢様」
甘酸っぱい空気が流れている中、空気を切り裂くようにして、執事兼運転手のセバスチャンさんが真剣な声で割り込んだ。
その声色を聞いて、杏子さんの雰囲気が張りつめる。
「大変です」
セバスチャンさんが奮えた声で言う。
「甘美院グループ本社ビルが…………桃山モモ、いえ……≪ブラックモモ≫に占拠されてしまいました!!!!」
ブラックモモってなんだ?
―――――
「ふふふ……いよいよだよ」
甘美院グループ本社ビルの屋上。
そこで黒く染まった髪と、黒い艶やかなドレスに身を包んだ桃山モモは、喜びに天を仰いだ。
傍では、ボロボロのスーツを纏った男性が、地に叩き伏せられていた。
「ぐっ……なんという力だ。この甘美院グループCEOの私ですら敵わないとは」
「お嬢様じゃない貴方が、お嬢様の私に敵うはずがないじゃない」
「社員をブラック化して……一体何をしようと言うのだ」
男が問うと、モモは「ふふふ……」と暗い笑いを浮かべた。
「 シュー くん を 取リ 返す …… 待っててネ ……シ ューく ん」
夕焼けの空の下、風に吹かれる彼女の手には、コーヒーゼリーが握られていた。
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