第2話 お嬢様は残像を残して背後に回るもの



『さぁーーーーー!スイーツバイクイーンが始まったーーーー!!』


 どこからともなくそんな声が聞こえてきて、上空を見上げると、そこにヘリが飛んでいた。


『全世界の皆様ごきげんよう!実況はわたくし、樋口でお送りいたします!』


 全国放送されている!?

 なんだかよくわからないが、とりあえずはモモと甘美院とかいう人の戦いの行方に注目することにした。


「はぁーーーー!!!」

「ふふふっ……!やりますわねぇ!」


 拳と扇子が、一合、また一合と火花をあげて金属音をあげる。

 いやまて、素手と扇子(木製)からなんで火花と金属音があがるんだろうか。

 全く意味が分からない。


「そこだ!!!」


 膠着状態を切り裂いて、モモの正拳突きが、甘美院さんの胸をとらえる。

 ズドンという音と共に、クリーンヒットした。


「これでどう!?」

「ふふっ。やられたらやり返す……パイ返しですわ」


 何故か、正中線をとらえられたはずの甘美院さんが微笑んだと思えば、逆にモモが、時速40kmの速度で自身の体が背後へ吹き飛んだ。


「―――なっ!? これは!?」

「パイ返し。この程度のカウンターなど、わたくしの自慢の肉体にとっては造作もございませんわ」


 その重力に大きく影響を受けそうな胸を揺らして、甘美院さんはモモを見下している。

 モモは「なら!」と追撃の構えをとり、一瞬で、甘美院さんの背後に姿をあらわした。


「正面はカウンターされるのであれば、背後はどう!?」


 モモのあまりの動きに、甘美院さんは反応出来ていない。

 そのまま、甘美院さんの背中へと、拳を振り下ろす。


 ―――が、その拳は何故か甘美院さんの体をすり抜けた。


「……なっ!?」

「……はっ?」


 思わず、俺とモモが何が起こったのか分からずに居ると……。


「残像ですわ」


 その声と共に、モモの体が横に吹き飛ばされた。

 何をされたのか分からずに居ると、モモの背後に更に甘美院さんが現れた。

 吹き飛ばされたモモが空中で態勢を整えて着地をすると、ぐっと口元の血を拭った。


「……なにをされたの」

「なんてことないですわ。貴女が背後を取ったからわたくしが背後を取ったまで、貴女はその風圧で吹き飛ばされたに過ぎませんわ」


 何を言っているのか全然全くわからない。

 あっけにとられていると、甘美院さんは扇子を開いて、口元を隠した。


「弱いですわ」


 そう言って、モモを見下す。

 圧倒的なプレッシャーに大気が揺れている。

 ありえない。モモは高校空手の現役トップ選手だ。夏の全国大会で優勝したばかりで、実力なら並みの格闘家であっても敵うはずもない。

 そんな俺から見れば圧倒的強者に大して「弱い」と言う彼女は、間違いなく規格外だ。


「あの方のスイーツに見合うだけの強さをお持ちではない……ですのに何故貴女が食べる権利があるというのでしょう?」

「……」

「スイーツバイクイーンのただ一つのルールは『お菓子が無ければ奪えば良い』つまりは弱肉強食ということですわ」


 甘美院さんのオーラが黄金に輝いて、可視化される。

 更にギアが上がったことを感じて、俺とモモが生唾を飲んだ。

 面に『一日一糖分』と描かれたお高そうな扇子を、パチンと閉じて、モモへと突きつける。


「貴女には必要なものをレクチャーして差し上げますわ」

「――――!?」


 瞬きをした瞬間、モモの目の前に甘美院さんが現れる。

 あまりのことに、驚いていると、モモの体が空中に吹き飛ばされた。


「貴女に足りないもの、それは情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さ……」


 空中でモモの衣服が、甘美院さんの扇子でボロボロにされていく。

 そのあまりにも早い攻撃に、モモもなすすべがなく、打ちのめされていく。


「そしてなによりも『エレガント』が足りませんわ」


 地上で扇子をパチンと鳴らした甘美院さんの背後に、モモが地面に叩きつけられる。


「モモ!!!」

「―――来ないで!!」


 ボロボロにされたモモに駆け寄ろうとしたとき、モモの大声で静止させられる。

 体中から血を流しながらも、モモは立ち上がろうとしていた。


「……ふむ。根性ぐらいは認めて差し上げてもよくってよ」

「ぐっ!」


 膝を付くモモの横顔を、甘美院さんは平手で打つ。

 明らかに抵抗が出来ていない。もう限界だ。


「薔薇と椿で鍛えたおビンタの威力に、貴女はどこまで耐えられるかしら?」


 そういって、往復おビンタをかます甘美院さん。

 それをモモは睨みつけながらもされるがままになっていた。


 バチン!またバチンと快音を聞いているうちに、俺は――


「―――もうやめてくれ!」


 気づいたら叫んでいた。

 俺の持っていたケーキを、甘美院さんに差し出していた。


「ケーキなら渡す。だからもうモモにひどいことをしないでくれ!」

「あら、それは殊勝な心がけですわ……では遠慮なく」

「や、やめて……それは私の」


 モモの悲痛な声も空しく。

 差し出したショートケーキを、甘美院さんは片手で取り上げ……


「あむ……」


 一口で、頬張った。


 そして、あむあむと美味しそうな顔で咀嚼し……。


 ―――――ズバーーーーーーン!!!!!


 服がはじけ飛び、甘美院さんは恍惚の表情を浮かべた。


「あぁ……これこそが追い求めていた味……素晴らしいですわ。――セバス」

「ここに」


 甘美院さんが指パッチンをすると、彼女の隣に替えのドレスを持った燕尾服の男性が、瞬間移動してきた。

 彼からドレスを受け取り、執事が垂れ幕を甘美院さんに掛けると、気づけば彼女の着替えが終わっていた。


「……ふぅ。ここにスイーツバイクイーンは決着しましたわ」

「あ……あぁ……」


 倒れ伏したモモが涙を流す。

 そんなモモに、甘美院さんは見下し、興味を失ったように俺の方に視線を向けた。


「貴方様」

「……俺?」

「これで、お嫁にいけなくされたのは二回目ですわね」

「はっ??????」





 何を言ってるのかわからずにいると、彼女は僕の唇を奪ってきた。





 口が、ショートケーキの味でいっぱいになる。

 初めてのキスだった。


 惚けていると「ふふふ」と甘美院さんは笑っていた。


「桃山モモ。彼の初めてのキスの相手は貴女ではない……この甘美院杏子ですわ!!!」


 ババァーーーン!!

 と効果音がなりそうな剣幕で、彼女を煽る。


 モモは、親が殺されたかのような鬼の形相を浮かべていた。


「彼は頂いていきますわ」


 そういうと、俺の手を甘美院さんが掴む。

 俺はその手を急いで振りh………力強ぇ!!!!!????

 がっちりと掴まれて、甘美院さんはぐっと俺を引き寄せて、耳元に唇を突き出し……


「裸にひん剥かれて、衆目の元に晒した責任、どう取るおつもりですの?」


 そういわれて、上空にいるヘリコプターを見る。

 それは甘美院さんの一言で、俺の社会的抹殺がかかっているということだった。

 こんなことをされては、抵抗は……出来なかった。


「待って……シューくん……!」

「すまない……モモ……俺は、行くよ」


 倒れ伏しているモモに背を向けて、甘美院さんに手を引かれる。

 まさかこんなことになるなんて……。



「シューーーーーーーーくーーーーーーーーーん!!!!!!!!!」



 モモの悲痛な声が。

 屋上に響きわたった。



 こうして俺は、甘美院さんの専属パティシエールとなるのだった。








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