スイーツバイクイーン

阿堂リブ

第1話 グルメ漫画はおいしいもの食べたら服が弾けるのは鉄板だよね。


 全世界パティシエ選手権。

 それは全てのパティシエが憧れ、そして恋焦がれるスイーツの祭典。

 己の人生で培ってきた全てをつかい、パティシエ達がしのぎを削る一大イベントである。


 そんな祭典に、今年は一層変わった男が出場していた。


「さぁー!!全世界パティシエ選手権の決勝!誰が予想できたのかこのビッグマッチ!」


 解説の女性が声を張り上げながら、マイクに向かって盛り上げにかかる。

 その視線の先には、とてつもなく長い白いシェフ帽を被った金髪の男性と、仮面を被った風変りな男がそこにいた。


「この天井まで届くシェフ帽がトレードマーク!前回優勝!そして前々回優勝の二連覇覇者!≪アマーリエ=カラーイネ選手≫!!」

「「「「いぇぇえええええええいい」」」」


 天まで届こうかという程の歓声が上がる。

 大して仮面の男はどこ吹く風。そんな歓声にも全く怯んでいなかった。


「そして、今大会初出場のダークホース!何者なんだ!≪ミスターカシドー選手≫!!!」


 仮面の男は口元を崩さない。


「さぁ!この最終決戦!お題のスイーツはこちら!≪シュークリーム≫だああああああ!!」


 ずらりと並んだ審査員たちの目の前に、シュークリームが並べられる。


「さぁ、こちらのシュークリームはアマーリエ氏の作品です!」


 上にたっぷりと生クリームが乗ったシュークリームがだった。

 突飛な発想で彩られたシュークリームに審査員たちは怪訝な顔を浮かべる。


「なんだこれは!上に生クリームが乗っているではないか!」

「中にも生クリームが……なるほど、二種類のフレーバーが仕込まれているのか」

「……うん、味も良いな」


 口にした審査員達が舌鼓をうつ。


「さぁ!審査員たちの点数のほうにまいりましょう!10人の審査員がそれぞれ10点のMAX100点の採点を行います!」


 審査員たちの反応を伺うと、それぞれ札をあげる。


「なんと!99点!!!!ほぼ満点の採点だああああああああ!!!」

「フォークとナイフで食べるというのが手間だったようですね」

「この後のミスターカシドー選手には大変なプレッシャーだぁ!!」


 プレッシャーなど知らないとでも言うかのように、仮面の男は何も言わない。

 審査員たちの目の前にミスターカシドーの作ったシュークリームが置かれる。


「これは……普通のシュークリームですね」

「なんとなんと、こんな見た目を楽しませる趣向など不要……ということでしょうか?」


 審査員たちが、シュークリームを見て鼻で笑う。

 ただ一人、審査員の中に居た金髪の少女だけは、まったくもって侮らなかった。


「これは……」


 それを掴みとっていく。

 見た目こそただのシュークリーム。しかし何か、少女は何かを感じていた。


「さぁ、審査員の皆様!実食をお願いします!」


 意を決して、全員がそのシュークリームを口にする。


 全員の動きが固まった。


「な、なんということでしょう。全員が固まってしまいました……」

「なんなんでしょうねぇ。余りにも普通の味だったということでしょうか?」


 そんな様子をじっと見ていると。



 ――――突如として、審査員達の衣服がはじけ飛んだ。



「な、なにがあったーーーーーーーーー!?!?!?」


 そして審査員全員が10点を叩き出した。


「ま、満点ーーーー!!!!」

「全員があまりの美味さに、ダメージを負っての勝利と……」


 どうゆうことなのか。審査員たちも何が起こったかよくわからなかった様子で、机につっぷしていた。


「優勝は、ミスターカシドー!!!!!! なんと、流星の如く現れ、連続覇者を倒しての優勝だーーーー!!!」



 ―――そうして、ミスターカシドーこと、佐藤修は正体を隠して、全世界パティシエ選手権の覇者となったのだった。




   ―――――――――


「優勝しちゃったわ」


 まさか、服がはじけるとは思っていなかったが、込めた思いのせいだろうか。

 まぁなんでもいいか。と思いながらも、東京の渋谷のど真ん中を歩く。

 長い修行の果て、久しぶりに東京に戻ってこれた。

 あまりにも過酷な修行だった。

 滝に打たれ精神を統一し、右手を岩に叩きつけて耐久力をあげ、手のひらを太陽にかざしつづけて太陽のガントレットを得て、そうしてたどり着いた修行の末、快挙を成し遂げた。

 多少無理はしたが、速さのためには仕方がないよね。

 これで、あの子との幼き日の約束を果たせる。


「よし……」


 視線の先には(株)桃山製菓のビルが立っている。

 昔からずっと変わっていない。最近は、パティシエ選手権にかまけていたからあんまり来れては居なかった。

 僕はここの、バイトとしての日々を送りながら、学業もそこそこにでて、パティシエ修行もしていた。

 ずっと忙しかったけれど、今となってはそんな過密スケジュールもいい思い出だ。


 桃山製菓のロビーを訪れると、早速見知った人と顔を見合わせた。


「シューくん。今日もお手伝い?」

「いいえ。今日はモモに用があって」

「あの子も隅に置けないわよねー。将来は入り婿かしら?」

「茶化さないでくださいよー。鈴鹿さん」

「ごめんごめん」


 受付のバイトの鈴鹿さん。

 大学に通っており、親の仕事の伝手でこの会社のロビーに立っている。

 経済学科に通っているらしく、将来はバリバリのキャリアウーマンになるのだとか。


 社員証をタッチして、ゲートを通って、エスカレーターを上っていく。


 株式会社桃山製菓は、地域密着型のお菓子の会社だ。

 そのお菓子というのはホールケーキからスナック菓子まで幅広く展開しており、俺が住んでいる地域では知らない人は居ない。

 テレビのCMだって長年流しており、県民ならテレビを見てれば一度は見たことあるローカルな会社だ。

 俺はそんな企業の社長令嬢……『桃山モモ』と幼馴染だ。


 いつもの屋上の扉の前で、軽く深呼吸をする。


 俺は、彼女のことが好きだ。

 小さいころから好きで、それこそ確かに将来を誓い合った仲とも言える。

 そんな小さいころの約束は「世界一のパティシエになってお菓子を作ってあげること」

 そのためにはどんな修行にも手を出し、果てにはオカルトにも手を染めた。

 ミスターカシドーというガワを作ったのもそれの一環であり、彼女に対するサプライズ的なところも大きい。

 とにかく、彼女にサプライズで、今日作ったケーキと一緒に告白する。


 プランは完璧だ。


 意を決して扉を押すと、屋上にある緑園にソファがある。

 そのソファの上に座った桃色に髪の毛を染めた女の子が、こちらを振り返る。


「あ、シューくんだ」

「モモ……」


 ソファーの上に座りながら、丸机に置いてあるペットボトルの紅茶を飲み干す彼女と目が合う。


「夏休み。もう終わりだな」

「そうだねー。宿題終わったけど、結構ギリギリだったよー」

「空手の大会で優勝出来たし、ね」

「シューくんが見に来てくれたおかげだよ」


 彼女と見つめ合う。

 目と目があっていると、気持ちが大きくなってくる。


「モモ、実は……」



 ――――どかーーーーーーん!!!!!!!!!!


 モモに渡すためのケーキを取り出そうとしていた時、唐突に背後のドアが吹き飛んだ。


「な、なんだ……!?」

「な、なに……?」


 モモと一緒に驚いていると、爆発の煙の中から、人影が見えた。


「スイーツ力の高い波動を検知したから来てみれば……見つけましたわよ」


 コツコツと、ハイヒールの音を高らかにあげて、金髪の女性が煙の中から出てくる。

 ドレスを着た、きらびやかな切れ長の目を持つ美しい女性だ。


「おーーーっほっほっほ!また会えましたわーーー!!」


 高らかに笑い声をあげて女性は、僕の方に近寄ってくる。


「間違いない。このスイーツの波動は、かの方の……ふふっ、ではこのスイーツは渡せませんわね」


 そういうと「そこの貴女」と言って、モモに向かって指を差す。


「このスイーツを賭けて勝負なさい」

「スイーツバイクイーン……」


 モモは、そうつぶやきながら、金髪の女性に向かってファイティングポーズを取る。


「そう。『お菓子がなければ奪い取れ』それがスイーツバイクイーンのただ一つのルール」


 金髪の女性は、その深い胸の谷間から扇子を取り出し、モモに突きつける。


「勝負の前に名乗って差し上げますわ。わたくしは『甘美院かんみいん 杏子あんこ』甘美院グループの令嬢にして、日本スイーツバイクイーンの頂点に君臨する女ですわ」


 まるで女神のような微笑みを浮かべ、鬼神のようなオーラを纏って、相対する。


「スイーツバイクイーンの宣言をして、シューくん」


 顔に汗を流しながら、モモは言う。

 いや、そもそもスイーツバイクイーンってなんだよとは思いながらも、その場の勢いに気圧された。


「スイーツバイクイーン!!!!」

「――――っ!!」

「――――ふっ!!」


 拳と扇子。二つの獲物がぶつかり合い、衝撃波を生み出す。


 ここに、お嬢様同士の仁義なき戦いが幕をあげるのだった。


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