第16話 塔

 それはまるで落雷のようだった。

 タロットカードの塔のように、唐突に思い知った。

 もう無理だ、これ以上は。

 そう悟るだけの秘めた何かが、これまで意思の力で、或いは僅かな希望に縋っていたことで、ずっと封じられていたものだったのかもしれない。

 もう、全部どうだっていい。

 どさりとベッドに体を投げ出して、ぼんやりと天井を見上げた。

 すべて失った。

 何も残らなかった。

 残そうとした友情さえも。

 残ったのは、どうか幸せになってくれ、という純粋な想いと、もうこれ以上傷付きたくないんだという自己防衛。

 何の為に尽くしたんだろう。

 何の為に自分を犠牲にしたんだろう。

 そうやって悔やむ僕を、もう一人の僕が冷ややかに笑っている。

『そんなもの、最初からわかっていたことだろうに。彼女とお前は釣り合わなかったのさ。彼女は高嶺の花だった。お前如きが並んで良い相手じゃなかった』

「うるさい」

『幻だよ。ただお前が夢を見ていただけだ』

「それでも愛してた」

『彼女の愛は? お前を傷付け苦しめた彼女の愛は、それでも本物だったと言えるか』

「それは……」

 言い淀んだ。

 傷つけ合った。いつも話し合って、傷付いて、苦しくて辛くてたまらなくて、寂しくて恋しくて愛してた。

 望む答えが得られなくても、彼女はいつも僕を見捨てなかった。

「本物だったよ」

 ぽつりと、言った。

『でも終わった』

「そうだね」

 ああ、終わったのだ。と悟った。

 落雷で崩れた塔から人が海に投げ出されている、そのカードに描かれた人は自分だ。

 ずっと彼女を困らせていたのは自分の方だ。

 彼女への未練を断ち切れずに、どんな形でも良いから傍に居たいと望んだのは、僕自身なのだ。

 けれど。

 それはまるで落雷だった。

 もう無理なのだと、唐突に悟った。

 彼女の為に傍に居たいなんて綺麗事だ。彼女の幸せを願う気持ちに嘘はないけれど、こんな傷だらけの状態で、もう僕は耐えられない。

 僕自身が、もう限界を迎えていた。

 もう傷を負いたくない。

 出来るなら君に優しくして欲しい。君の傍で傷が癒えるのを待って居たい。

 けれどもう、わかってしまった。

 僕が傍に居ると、ダメなんだ。どんなに慈しみ合おうとしても、心から愛していても、結局君は僕を傷付けるだろう。

 その度に僕は全部失った気になって、喪失感と罪悪感と孤独と哀しみで、もう立ち直れないと思ってしまう。引き裂かれた心が麻痺して、君を愛しているのかわからなくなる。

『そこまで傷付けられて、なぜ憎まない』

「憎めないよ」

 そんなこと、出来るわけがない。

「彼女はいつも僕の太陽だった」

『綺麗事だ』

「綺麗事だよ。彼女が幸せになるのを望んでたのに、いざとなったらこれだ」

 腕を組んで歩く幸せそうな姿を見て、胸が傷んだ。心臓を鷲掴みにされたようで、痛くて辛くて、思わず路地に駆け込んだ。

 吐きそうだった。

 まだこんなにも好きなのだと、悟った。

 同時に、彼女という太陽を永遠に失ったのだと理解した。

「いつか、癒えるかな」

 ぼんやりと天井を見上げて、呟いた。



2024.5.8  なごみ游

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