第14話 とある喫茶店にて
カランカランと扉に吊るされたカウベルが鳴った。
古い焼き杉の板張りの室内には鬱蒼という表現がぴったりくる程に観葉植物で溢れている。窓はどれも小さく控え目で、採光の為にとられた天窓すら、それを覆うように伸びた蔦に縁取られている。
店内、と呼んで差し支えないのか迷うところではあるが、そこは確かに店であった。
店主の顔はよくわからない。
見れば店主とわかるのだが、人に説明するとなると途端にあやふやなものになる。湯気に曇った鏡がハッキリ見えないように、或いは、白く濁った磨りガラスがハッキリ見透せないように。
何も置かれていないカウンターに座ると、店の奥から「おや…」と店主が現れた。
黒いベストに白いシャツ、腰から下だけの黒いエプロン。
「随分と、久しぶりだね」
歓迎するでもなく、さりとて遠のいていたことを非難するでもなく、店主は言った。
「うん」と私は答えた。
いつの間にか紅茶のカップが置かれている。
甘い林檎の良い香りがする。
カップを両手で包むようにして、私はまるで暖でも取るかのようにしばらくそうしていた。
「今度は何があったの」
ガラスのコップを磨きながら店主は言う。
何があった……色々なことがあった、と私は思う。
洗い浚い、ここ数年の出来事を、時系列も気にせず話した。
店主はいつものように、それをただ聞いている。肯定することも否定することもなく、ただ黙ってじっと耳を傾けていた。
話すほうの私は、それはもう酷い有り様だった。泣いて喚いて言葉にならない間も、店主はただじっと待っていた。
冷めた紅茶のカップを、温かいものと取り替えて。
ひとしきり話すとようやく落ち着いた。
店主はそこでチーズケーキと、いちごジャムの乗ったショートケーキを出してくれた。
子供の頃から大好きなケーキを口に運んで、ぽろぽろと涙が零れた。
「今度はいつまで居るつもりだい」
「しばらく。ううん、当分、ここに居る」
そう、返事をした。
すると店主は困ったように苦笑した。
「君はもう、小さく無力で何もできない子供じゃない。ここにずっと隠れているなんて、できやしない」
「できるよ」
できるはずだ、何故ならここは私の内側にある砦だから。私の心というこの場所で、私が思い通りにできないことなんてある訳がない。
「できる」
もう一度、私は言った。
「できやしないさ。ご覧」
店主が皮肉めいた笑みを浮かべて、扉を指した。
カラン、カララン、とベルが鳴る。
そうっと慎重に押し開けられた扉から、よく見知った顔が覗いた。キョロキョロと店内を見て、そうして私と目が合うと破顔する。
「こんなところに居た!」
にこにこと、そしてずかずかと遠慮なく入って来て、その人は当たり前のように手を引く。
「なんでここに居るの。どうやって入ってきたの?!」
そういう抗議はもうウンザリする程にやってきたが、未だ、コレと言った理由は不明だ。理由はともかく、何処に行こうと何処に隠れようと、最後は必ず見つかるのだ。
「それでいいんだ」
そう、後ろで店主が言った。
カラン、とベルが鳴った。
扉を開けた先は眩しい光に満ちている。
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