第13話 羽化
その鬱屈としたものを何と表現すれば良いのか。
重苦しく手足に絡み付き、身動きすることさえ億劫に感じる程に泥々とした粘性の高いものが周囲に満ちていた。
暗く閉ざされた世界で独り閉じ籠もっている。
そんな気がしていた。
足掻けば足掻く程、底無しの沼に落ちて埋もれていくような、そうして光すら届かぬ深海の果の底に居るような、そんな気がしていた。
まるで水面を挟んだ鏡写しのように、光溢れる世界と一線を引いた、ただどこまでも暗く伸びる世界が私の世界なのだと感じた。まるで無菌室の中から外を見るように、小さくあけた窓の縁に手をかけて、自らの手の内には決して入らぬものという諦めを秘めて、外の世界を覗いた。
綺羅びやかで美しく、光溢れた世界を。
羨ましい、とは言えなかった。それは手に入らないと決まっているものだったからだ。
ただ遠くの美しい世界へ憧れていた。
パキリ、と何処かがひび割れた気がした。
それは自ら降ろした帷であったのかもしれない。或いは、自らの手で厳重に設けた幾重もの檻だったのかもしれない。
これを乗り越えて、強引な誰かが自分を連れ出してくれることを願っていたのかもしれない。
だがその檻はやけに呆気なく壊れた。
これまで何度も折れて壊死した残骸のような背中から、美しく純白に輝く翼が虹色の光を纏って伸びて行くのがわかる。かつてのそれより、ずっと逞しく、ずっと大きな翼が。
夜の星空を写し取ったような煌きが宿るのを感じ、ばさりばさりと試すように翼を動かす度に、暗闇の帷にはひびが走って、まるで硝子が砕けるように零れ落ちては、その向こうに輝く空が広がっていく。
長い眠りの時は終わり。
じき、この夜が明ける。
2024.5.4 なごみ游
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