第9話 旅路の案内者

 

 ぴちちっ、ぴちちっ、ちゅーい、ちゅーい。


 ぼんやりと目を開くと、草原の上にちょんちょんと跳ねる小鳥がいた。これはジャッピルと呼ばれる鳥で、木についた虫などを食べている。それほど珍しい鳥ではないが本来は臆病なので、こうして近づくことは珍しいだろう。


 いつものようにポケットからパンくずを取り出すと、それを小さな来訪者へと放る。お礼を言うように「ちゅーい」と可愛らしく鳴き、くちばしに咥えて飛び去ってゆくのを見上げる。


「可愛い鳥ね。あら、カズヒホは前にも鳥にご飯をあげていた気がするわ」

「ふふ、近くに鳥がいるときにはね。おはようマリー、よく眠れたかい?」


 腕枕をし、抱きかかえた格好で少女が僕を見上げている。瞳を向けると思ったよりも距離が近く、僕は少しだけ頬が熱くなるのを覚えた。寝起きに見るには、エルフは綺麗すぎて目がさめてしまう。


 マリーは、くあっと可愛らしいあくびを一つする。それから手を引いて一緒に起き上がることにした。

 きょろりと辺りを見回すと一面の草原で、遠くには畑が広がっているのも見える。きっと近くに村があるのだろう。


「そうだったわ、昨夜は暗くなったからそのまま寝てしまったのね。あなたと一緒にいると、こうして野宿癖がついて困るわねぇ」

「はは、最初は僕を見て笑っていたのに。はい、マリーの飲み物とお弁当」


 ありがとう、とお礼の言葉と共に彼女は受け取り、そして互いにカバンへとしまう。既に何度か繰り返しているので、だいぶ手馴れてきたように思える。

 さて、寝袋なども片付けたので、少々雑な地図を広げて彼女にも見せる。


「ええと、目的地のレベル上げ場所はここだよ。国をふたつほど挟んだ先の遺跡、ウジャーピーク」

「……まさか歩いて行くの? 冗談でしょう、馬車でも一週間以上かかるわよ」

「いいや、移動スキルを使うよ。旅ばかりしているから移動スキルはかなり伸びているんだ」


 簡単に言うと、僕の移動スキルには「長距離移動」と「短距離移動」がある。長距離移動というのは旅を祭る石碑へと名を連ねることで、一日に一回まで移動ができるものだ。


 もう一つの短距離移動というのは、本来ならば視界内への移動を可能にするものなのだが、僕用にだいぶ改良をしてしまったので今回の移動には不向きだ。


「はあ、変わったスキルを上げているのねぇ。普通ならもっと戦いに役立つものを伸ばしたりするものよ?」

「うーん、移動系も強いと思うんだけどなぁ。どうも商人ばかりが取っているせいか印象が悪いよね。ええと、移動には重さの制限はあるけど、マリーは軽いから大丈夫だと思う」


 腕輪を撫でるとステータス画面が現れる。

 考えてみればこのようなゲーム的な演出があるせいで、異なる現実世界なんて思わなかったんだよなぁ。

 慣れすぎて当たり前のように住人達は活用をしているが、この世界自体、誰かの手が加えられている気もする。まあその辺りは調べようが無いので放置するが、いつか解き明かしてみたいものだ。


「じゃあ行くね、マリー。しっかり掴まっていて」

「ええ、お願いするわ。でも2国移動が出来るなんて珍しいわね。かなりお金が取れるでしょう?」

「いやぁー、夢の中でまで働きたくないよ。じゃあ【旅路の案内者トレイン】」


 きゃっ――……。


 マリーの長く細い悲鳴を耳に、僕らはもう一段下の世界へと落ちる。

 ここは人の管理できない世界であり、何者にも束縛されないと呼ばれる神【エフメヘェ】の領域だ。一説によると死者を導くとされており、また旅する者を守護してくれるらしい。


 ごおっ……!


 真っ暗の空間を、猛スピードで移動している感じは、どこか地下鉄に乗っている感じかもしれない。とはいえマリーの髪がわずかにしか揺れていない事からも、風や加速度はゆるやかなものだと分かる。

 ようやく慣れてきたらしく、そろそろと彼女は目を開いた。


「うわー……、すごい……。真っ暗なのにゴウゴウと高速移動してるみたい。商人はいつもこんな光景を見ているの?」

「一部の人はそうだろうね。習得するまでがとても長いから、幼少のころから旅商人になることを選ばないといけないみたい」


 生まれついての商人であれば、その可能性もあるだろう。

 一応と僕から離れないようにね、と伝えるとエルフはコクリと頷いてくれる。荷重に制限はあるけれど、あまり離れたらどうなるか良く分からないんだ。ほら、いつも僕は一人旅だったからね。

 周囲は暗闇で、どろどろという音と共に高速移動をしている。時折、外からの光が漏れてくる事もあるが、あっという間に後方へと流れて行ってしまう。


「これはどれくらいの時間で辿り着くものなのかしら?」

「えーと、この距離だと20分くらいかなぁ。時間にバラつきがあってね、中には1年ほどここで過ごした人もいると聞くよ」


 ぎょっとされてしまった。

 まあ神様というのは大抵気まぐれらしいから仕方ないよね。


「笑いごとじゃ……ああ、私たちは別なのね。何かあったら日本に戻れば良いのだし」

「そういうこと。じゃあ今のうちにマリーのステータス画面を見せてもらえる? 効率的にレベルアップしたいからさ」

「いいけれど、決して他の人に教えないでね。これでもライバル関係が多くって、私も気苦労をさせられているの」


 魔術師ギルドって怖いんだなぁ。良かった、あんまり人里に近づかなくて。

 さて、マリーが手首の飾りを擦ると、ぶうんと青白いモニターが宙に現れる。彼女が操作しているのは、僕への閲覧権限を与えるものだ。

 もやもやとした光は、やがて文字へと変わってゆき、マリアーベル本人の能力を見ることが出来るようになる。


「良かったらカズヒホのステータスも見せて。レベル72なんて見たこともないから気になるわ。それとパーティー申請だけど……」

「もちろん良いよ。ああ、パーティーは組まなくていいかな。ソロのほうが経験値効率が格段に上だからさ」

「えっ、だって一緒に戦うんでしょう? パーティー組まないと……」


 まあ、その辺りは実際にやりながら教えたほうが早いかな。

 そういうわけで、互いにステータス画面を横に並べ、交差するように覗き込む。


「ふうん、やっぱりマリーは精霊と魔術に特化してるんだねぇ。レベルあがったらさ、この経験値アップの技能スキルを獲得しようよ」

「うーん、さっき言った通り、私にはライバルが多いの。すぐに実力を付けなければならないのを理解して頂戴」

「いやいや、必要が無くなったらレベルアップのときに戻せば良いんだし。どうするかはマリーに任せるけど、僕はそっちがおすすめかな」


 迷いつつもマリーは僕の目をじっと見たあとに、こくりと頷いてくれた。

 こうして誰かと一緒にレベル上げをすることってほとんど無いから、僕はちょっとワクワクしている。やったこと無いけど、ネットゲームってこういう感じなのかな。相談しあって協力をし、雑談混じりで遊びに没頭する、みたいな。


「……ねえ、あなたの職業、【夢幻剣士】って何かしら? 聞いたことも無いわよ」

「ええ、そうなの? なんて言うか、こう、詐欺師みたいな感じ……かなぁ。癖があってね、とっても面白いんだ」

「ふふっ、あなたが眠そうな顔をしているせいか、ぐうぐう眠って戦うのかと思ったわ」

「これはねぇ、生まれつきなんだよ。ただまあ、夢の中の世界だからあながち間違いでもないか」


 くすくすと二人で笑う。

 彼女の話によると、やはり人気があるのは【騎士】から派生する上級職らしい。といっても領地を持つわけではなく、王国などに所属をすることで安定的な収入を得られる。魔物相手というよりは、戦争でこそ真価を発揮すると言って良い。


 僕はというと、そういった習得を教えてくれる場に近寄らなかったせいで、かなり変わった育ち方をしているのかもしれない。同じレベルの人と戦ったことも無いし、強いかどうかもよく分からない。


 また、マリーのような【魔術師】関連は、古代の秘術を解き明かすことを命題にしており、他国に技術面で劣らないよう国から雇われている。場合によっては戦争で一番の火力を発揮するそうだ。


「戦争かぁ、おっかないね。何度か僕も顔を出したことがあるけど、この世界が夢じゃないって分かったから少し難しいかな」

「私も参加はしたくないわ。もしもそんな事になったら脱退するつもり」


 少しだけ僕は、その言葉に驚かされる。

 ギルドからの脱退は、かなりのリスクが付きまとう。階級が高ければ高いほど顕著であり、それは他国への流出を防ぐためのものだ。

 恐らくは彼女の階級ならば金銭で解決できそうだが……。


「あ、そのときは竜の鱗とかがあるから平気か」

「それは流石にもったいないわ。……ねえ、それよりもこの【釣りLV59】って何かしら? あなた、この世界を舐めているのね」

「うっ! ええ、いや、まあ、なんというか……これはね、僕の趣味なんだ。雄大な自然というのを一番満喫できるのは、間違いなく釣りだ。そう断言できるよ」


 きりっとした顔をしてみたが、じろーっと「男ってやっぱり馬鹿ね」という顔をされてしまったよ。

 まあねえ、外しても良いんだけど、なんだか外しずらいんだよな。これのお陰で随分と助けられたからさ……まあ、今はそのことは良いか。


「そうだ、今度日本で旅行を組まない? ゴールデンウィーク……近々連休があってね、それほど豪華で無くても良いなら旅行とかどう?」

「あら、良いわね。あーあ、この世界のお金が向こうにも持っていけるなら良かったのに。ついでに魔道書とかも持ち込めるなら、あんなに良い勉強の場は無いわ」


 参ったな、彼女は夢の中でも勉強をする気なのか。

 エルフは長寿というのだから、仕事と遊びを切り分けて、のんびりと過ごせば良いのに。

 それからは日本語の勉強をしたり、ときどき釣りの醍醐味を教えようとしたが、そっちは失敗した。


 がたたっ、がたたっ、という振動を感じるようになってきた。

 どうやら終着点が近いらしく、二人のステータス画面を閉じることにする。お勧めのレベル上げの遺跡、ウジャーピークはそこから歩いて1時間くらいで辿り着けるはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る