第10話 オアシスですよ、エルフさん

 

 ウジャーピーク遺跡。


 かつては魔道具精製に向いた鉱石が取れることから注目されて、他国から守るため砦で囲むまでに至った。しかし何かが原因で鉱石は二度と掘ることが出来なくなり、そして200年ものあいだ朽ち続けている遺跡だ。

 ここへ訪れる者達は、いまだ大地の底に眠る鉱石を感じ取れるだろう。


 そのように聞けば、きっと多くの者の好奇心を刺激するはずだ。エルフの少女もきっと目を輝かしてくれる。などと思っていたのだが……。


「暑い……」


 彼女の反応はそれだけだった。

 まあねえ、日差しは強いし辺りは赤茶色に焼けた岩ばかりだからね。

 大きな山へ真上から包丁で切ったような切れ込みがあり、その穴を目指して僕らは砂地を歩いているところだ。

 あちこちに居住空間と思える名残はあるが、それらは全て陽に焼けて、いまはもう崩壊の一途を辿っている。


「あの奥に行けばオアシスがあって、だいぶ過ごしやすくなると思うよ。がんばって、マリー」

「ええ……そうね……。あなたを嫌いにならないよう頑張らないと」


 なんでかな、僕は少し泣きそうだよ。

 女性にとってこういう殺風景なのは好みに合わないだろうと思っていたけど、ここまで暑さに弱いとは気づけなかった。なるほど、エルフは気候に弱いところがあるのか。これは日本の夏が少々心配にさせられるな。


 ざくざくと荒い砂の上を歩き、遺跡へと足を踏み入れる。

 すると陽は遮られ、ようやく彼女もほっと一息つけたようだ。それを見て僕も少しだけ安堵できた。まあ仕方ない、男というのは女性から振り回される生き物だからね。


「あら、遠くからは山みたいだと思ったけれど、中に入れば様子がずいぶん変わるのね」

「そうだね、炭鉱に近い場所だけど独自文化があったらしいよ。あちこちに名残りがあって雰囲気が出てきたね」

「住む場所に……それと祭壇まで。彼らはずっとここに暮らしていたのね。それで、鉱石はまだ取れるのかしら? 魔道具精製に向いているなんて聞いたら興味が出てしまうわ」


 彼女は祭壇へ手を合わせながら尋ねてくるが……うーん、どうなんだろう。

 まだ出るならば、もっと人が押し寄せていてもおかしく無い。この遺跡を領土としている国も冒険者に解放してるくらいだし期待は出来ないと思うなぁ。


「とはいえ、ひょっとしたら何かあるかもね。そういう雰囲気を感じるときがあるんだ。今日のところはマリーのレベルアップが目的だけど、興味があったら調査に何泊かする?」

「うーん、無理。やっぱり気候って大事ねぇ。鉱石なんかよりも干からびないよう気をつけたいわ」


 うん、それには同感だ。相変わらずこの世界では痛みダメージという概念は無いけれど、飢えや渇きというのは面倒なんだ。

 こちらの世界で食事をすれば腹が膨れるように、ひもじい思いをしていれば当然向こうの身体も空腹になる。そういう理由もあり、僕は人一倍食事に気を使っているのかもしれない。



 などという僕らの会話を聞いている一団がいたようだ。

 遺跡の中は無人のはずだけど、荒くれ者が住処にするときもある。しかし普通ならばこのような場所へ来る者はいずれも腕利きであり、あまりカモには出来ないはずだ。それでも彼等は気配を殺し、そして頭上からじいっと僕らを見つめていた。


 目つきの悪い男たちは見定めるような瞳を向け、そしてひそひそと相談をしあう。部下らしき2人が頷くと、彼らもまた仕事を始めたようだ。

 がしゃりと金属の鎖が音を立て、痩せぎすな小さな子を無理矢理に立たせる。引きずるようにして彼ら、そして痩せた子は遺跡の中へと消えていった。




「どうしたの、カズヒホ。気のせいか顔が少し怖いわ」

「あ、ううん、なんでも無いんだ」


 感覚を鋭敏にしていたせいで、表情が硬かったようだ。ぐりぐりとマリーから眉間を揉まれ、華奢で柔らかい指に心臓は少しだけ鳴った。


 以前のウジャーピーク遺跡は、この苛烈な気候、そして地下迷宮などが存在しないため人気の無い場所だった。ひょっとしたら前に来たときと何かが変わっているのかもしれない。


 とはいえ何か問題が起きても切り抜ける自信はある。ひとまず今日のところはマリーのレベルアップを頑張ろうか。


「それで、マリーの精霊魔術って、普通の魔法とどう違うものなの?」

「ええと……そうね、魔術師って杖から攻撃魔法を放つイメージでしょう?」


 ざくざくと歩きながら説明を聞き、僕はコクリと頷く。

 以前に見かけた魔術師は大体そんな感じだった。むにゃむにゃと呪文を唱え、炎や氷などの魔法を放つ。マリーだって同じように杖を持っているので魔力をダメージに変えるはずだ。


「精霊魔術は、契約した精霊を媒体に魔術を放つの。こういう風に精霊を呼び出して……」


 ずずずず、という音を立て、足元から炎の玉が生まれ出る。ぐぼっと口を開き、尾を広げると手足の短いトカゲに似たものとなった。


火とかげサラマンダー? 丸くて可愛いね」

「ええ、これに私が契約をして魔術を渡せば……」


 コツンととかげの頭に杖を当て、マリーの喉から精霊語の詠唱が響く。ぽわんと淡い光に包まれて、とかげは小さく「ぎゃあ」と鳴いた。


「うん、これで火とかげを介して魔術が放てるようになったわ。要は、魔術師とは違って、前もって魔法をストックしておけるのが利点ね。私くらい慣れれば数体はキープできるわよ」


 おおー、とパチパチ拍手するとマリーは「ふふん」と得意げな顔をした。以前は分からなかったが、こういう子供っぽい仕草が可愛いと感じるようになってきた。


 ふむ、精霊魔術というのを僕は知らなかったが、確かに前もって準備が出来るのは便利そうだ。ちゃんと用意をしておけば無詠唱で済むわけだし、数体出せるってことはレベルアップすればかなりの安定火力を期待できる。


「じゃあ今日は一緒にがんばろうか」

「ええ、よろしくね、カズヒホ」


 いつも自分の事しかして来なかったけど、彼女の手助けを出来るのは嬉しいな。ウキウキしつつも顔がニヤけないよう気を引き締める。


 さて、マリーに面白いものを見せてあげようか。


 道を曲がるとトンネルを抜けるようにして明るさは戻るが、先ほどのような苛烈な気候では無い。緑生い茂るオアシスが待っており、エルフは嬉しげな声を漏らした。


「わああ、涼しい! こんな場所なのに!」

「ふふ、ここがオアシスだよ。ほら、壁からも水が溢れているから気化熱が起きているんだ」


 指差すと近くの壁は真っ黒に濡れており、ひんやりとした風が流れてくるのが分かる。


「ここは山の中央辺りだけど、真上にぽっかり穴が空いてるんだ」

「ンーー、陽射しは変わらないのに涼しいっ。知らなかったけど気化熱って凄いのね。なら私も水の精霊を操れば……」

「あ、そうだね、気化熱を操ればどこでも涼しいかもしれない」


 ふむ!とエルフは意欲を見せる表情をする。僕としてはぜひ習得してもらい、日本の夏を過ごしやすくして欲しい所だ。


「それだけど、向こうの世界ではまだ精霊との壁を感じるわ。私が子供の頃に戻ったようで妙な感じなの」

「あ、そうか。僕と同じで、こちらと向こうは別々なんだ。日本ではマリーはレベル1に当たるんじゃないかな」


 ふむふむ、たとえ日本に戻ろうとも僕がエルフ語を話せるように、マリーも精霊語を扱えるのか。そうなるとひょっとしていずれは日本で精霊を操れるようになる?


 江東区で精霊を操っている様子が想像できず小首を傾げていると、肘に彼女の腕が絡んできた。レベルアップとはまた別の知的好奇心に顔を輝かせており、それに気を取られているせいか綺麗な薄紫色の瞳がすぐそばにある。


 陽の明るいときに見る彼女の瞳は、まるで濡れた宝石のようだ。吸い込まれそうな思いのなか、いかにも柔らかそうな唇が開く。


「あなたは少し変よ。少し前まで、私はずっと書院で本を追い続けていたのに。最近はいろいろあってずっと楽しいわ」

「うん、僕も。マリーの色んな顔が見られて得した気になるよ」


 そう言うと、喜んで良いのか微妙な表情をされ、少しだけ頬を赤らめてコクンと頷いてくる。

 地面はだいぶ湿ったものとなり、あちこちに緑が生えている。おかげでマリーと手を繋いで歩くのにぴったりの散歩道になってくれた。


 さて、それではレベルアップしましょうか、エルフさん。

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