第34話 ずっと前から、




 クロードに会いに行った翌日、リリアンはペトロフ伯爵家に来ていた。今日は当然、事前に約束を取り付けた上でだ。


「ビビ!この前は本当にごめんなさい……!」


 開口一番、リリアンは頭を下げて謝罪した。ビビアンは一瞬目を瞠ったけど、すぐに首を振る。


「手紙でも十分謝ってくれたし、気にしてないわ!だから顔を上げて」

「でも……」

「それに私も、アトラ様との間にすぐ入ってあげられなくてごめんね。アトラ様は私を心配してくれただけだから、あまり悪く思わないでほしいの」


 ぎゅっと手を握られる。「勿論よ」と頷けば、ビビアンは「分かってくれてありがとう!」とにっこり笑ってリリアンの手を引いた。


「じゃあお互いにわだかまりも解けたことだし、お茶にしましょう!」


 ビビアンに続いて足を動かす。半歩先を歩く彼女の髪に飾り付けられていたヘアピンがキラキラと輝いているのが目に入った。


 連れていかれた温室に一歩踏み入れると、じんわり程よい温かさが冷えた身体を包み込む。


「リリが来るから張り切って準備したの。いっぱい食べて!」


 テーブルの上にずらりと並んだ数々のデザートに、ビビアンが一生懸命準備してくれたのだと分かって、リリアンの胸はいっぱいになった。


「ありがとう、ビビ。とっても嬉しいわ……!」

「喜んでもらえたなら良かった!そういえば、もうすぐ舞踏会よね。私はまだパートナーが決まってなくて」


 困ったようにビビアンが肩を落とす。可愛くて明るくて優しくて、リリアンよりずっと沢山の人に囲まれている彼女にパートナーがいないなんてと、リリアンは驚いた。そういえば婚約者や恋人の話とかも聞いたことがなかった気がする。


「でもビビならお誘いをもらってるんじゃ……」

「それが全然なのよ。リリはいいわね、ユリウス様がパートナーなんだもの!」


 両手で頬杖ついて羨ましいわと口にするビビアンに、リリアンは少し躊躇いながら伝えた。


「実は、次の舞踏会はユリウスじゃなくてクロード様がパートナーなの」

「――え?クロード様の方からリリアンに申し込んだの?」

「ううん。その、私からお願いして……」


 普通は男性側から申し込むものだから、なんだか恥ずかしかったけど、ビビアンなら馬鹿にしたりしないと知っていたリリアンは正直に話した。

 ビビアンは髪に付いているヘアピンにそっと触れる。

 一瞬顔が曇ったような気がしたけど、明るく笑う彼女にリリアンはすぐ勘違いだったと考え直した。


「リリってば意外と大胆なのね!それにクロード様は今まで誰のこともエスコートした事がないから、きっと皆が驚くと思うわ」


 以前はそんなにクロードに興味がなかったリリアンでも、彼の話は時々耳にしていた。その度に、別の世界の人だとも感じていたし。


 そんなクロードがもしパートナーを連れていたら、確かに大騒ぎだったはずだ。

 とはいえ、まさか今まで一人もエスコートしたことがなかっただなんて。


 リリアンなんかをパートナーに連れて行って、クロードが恥をかくんじゃないかと不安が押し寄せてきた。


「もうドレスは決まったの?」

「それはまだこれからよ」


 それでもクロードが承諾してくれたのだから大丈夫だと、リリアンはなるべく前向きに考える。暗い思考を振り払い、ビビアンとの会話に集中した。


「そうなのね。クロード様はセンスもいいし、きっと素敵な思い出になると思うわ!」

「センスがいいって……?」


 含みのある言い方にリリアンが尋ねると、ビビアンは「あっ」と声を上げてヘアピンに手を伸ばした。


「このピンはクロード様からもらったのよ。可愛くてどのドレスにも合わせやすいから、凄く気に入ってるの!他にもお菓子も色々下さったんだけど、どれも美味しかったわ!」

「そう、なのね……」


 だからクロード様はセンスがいいと思ってと、はしゃいでいるビビアンにリリアンは精一杯口角をあげて相槌を打つ。


「あ、ごめんなさい。リリはクロード様の恋人なんだし、このくらい大したことじゃないわよね」


 テーブルの下でぎゅっと手を握った。

 お菓子はリリアンも貰ったことがあるけれど、アクセサリーは今まで一度もない。それに対して不満に思ったことなんてなかったのに。


 一体どうしてと聞きたかったけど、別の話題に変わりタイミングを失ってしまった。


「そういえば、もうすぐ皇子様が戻って来るみたいよ!今度の舞踏会には間に合わなそうで残念だわ」


 胸の中が重くなっていく。初めてだった。自分の感情をこんなに制御できないのは。

 ビビアンの髪で光っているピンを目にしたくなくて、付けないでと言いたくて、このままではビビアンに当たってしまいそうで――バチンッ!リリアンは自分の頬を両手で叩いた。


 じぃんと痛みが頬に響く。


「リリ!?急にどうしたの!?」


 ビビアンが使用人に氷を持って来させて、すぐに赤くなった頬を冷やしてくれる。

 一瞬でも大事な友人を妬んでしまうなんて最低だった。


「ううん、なんでもないわ」

「そう?何かあればいつでも言ってね!」

「ええ。ありがとう、ビビ」


 頬を叩いた甲斐があったのか、その後はいつも通り楽しくお茶を飲むことができた。


「今日も楽しかったわ!気をつけて帰ってねリリ!」


 帰り際リリアンは馬車の中から、見送ってくれるビビアンにまたねと手を振った。



「……貴女が大嫌いよ」


 小さく呟かれたその言葉には気付けないまま、馬車は出発した。




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