そして、猫はどこかに消えた
由希
そして、猫はどこかに消えた
「ククク……無様なものだな、勇者よ」
「……くっ……!」
傷だらけの俺を見下ろし、魔王は勝ち誇った笑みを浮かべる。俺は負けじと睨み返すが、最早それ以上の抵抗が出来るだけの手段は残されていない。
魔力は尽きた。剣も折れ、体は倒れないよう維持し続けるのがやっと。
まさに満身創痍。十分に経験を積みここまで来たつもりだったが、それでも魔王には届かなかったという訳だ。
「ここまで手を焼かせてくれた褒美だ。遺言ぐらいは聞いてやろう」
「貴様に聞かせる遺言などない。それにまだ、ここで死ぬと決まった訳でもない」
「虚勢も度が過ぎれば惨めだぞ。ここからどのようにして挽回し、我を倒すと?」
——確かにその通りだ。ここからどんな手を尽くしたとしても、魔王を倒せるビジョンが俺には見えない。
それでも、最後の最後まで諦めたりはしない。それが勇者として選ばれた、俺の矜持だ。
「……まあ良い。どうせこの一撃で、総てが終わる」
そう言って魔王が右手を俺に向け、魔力を凝縮させる。それを喰らえば俺の肉体など、跡形もなくなるだろう。
クソッ……本当に、本当にここまでなのか……!
「さらばだ、勇者よ……!」
「くっ……!」
「ぴーちゃーん!」
と、突然。俺達以外の、そんな場違いな声が響いた。
「「……は?」」
俺と魔王の声がハモって、同時に声のした方を向く。そこにはいかにも村人といった風体の、一人の女性が立っていた。
「……貴様の知り合いか?」
「……いや」
「ちょっとアンタ達、ぴーちゃん知らない!?」
女性はこの場の状況など何も気にせず、俺達の方に近付いてくる。あまりにも場違いなその様子に、先に我に返ったのは魔王の方だった。
「……舐められたものだ。我を前にして、そのような口を聞くなど」
「っ! 止めろっ!」
「勇者の前に、まずは貴様を消してやろう」
そう言うと魔王は、手を向ける先を俺から女性に変える。不味い、間に合わない……!
「消えろ。目障りな虫ケラめ」
「ちょっとアンタ。初対面の人間を虫ケラ呼ばわりとか、どういう教育受けてるのよ」
「!?」
俺も、魔王も、一瞬何が起きたのか解らなかった。
先程まで少し離れたところにいたはずの女性が、気が付けば魔王の目の前にいて、今にも魔力を放とうとする右手を掴んでいた。馬鹿な。いつの間に、ここまで距離を詰めたと言うのか。
「な……我が動きを捉えられなかっただと……!?」
「そういう、失礼な事抜かす奴は……」
「う、腕が動かん……! な、何だかよく解らんが止めろ!」
女性のもう片方の手が、固く握り締められる。魔王はそれよりも早く、魔力を放とうとするが。
——ゴウンッッッ!!
次の瞬間には轟音が轟き、魔王は遠く離れた壁にめり込んでいた。俺は目の前で起こったソレが信じられず、ただ呆然とするしかなかった。
あの魔王が倒された。それも、たったの一撃で。
魔王は壁にめり込んだまま、ピクリとも動かない。もしかしたら既に、絶命しているのかもしれない。
俺の心を、生まれて初めて絶望が支配した。勝てる訳がない。
殺される。俺も、紙屑を丸めて放り投げるように、呆気なく……。
「ねえ、アンタはぴーちゃん知らない?」
「……え?」
ところが。俺を振り返った彼女は、何事もなかったようにそう言った。
「そ、その……ぴーちゃんって?」
「うちの猫よ。もう、目を離すとすぐ脱走しちゃって!」
「え、ええと……この辺りでは猫は見てない……です」
「あらそうなの、ありがとね。じゃあ別の場所を探しましょうか」
恐る恐る俺が答えると、女性は
——かくして魔王は倒れ、世界は平和を取り戻した。
あの後最後の力を振り絞って国へと帰った俺は、魔王を倒した英雄として祭り上げられる事になった。その事に心苦しさも覚えるが本当の事を言ってもきっと誰も信じないだろうし、俺自身あれが本当にあった事なのかどうか今でも疑っている。
彼女が一体何者だったのか。それはどんなに考えても解らないし、何だか知ってはいけないような気さえする。
それでも解る事はその圧倒的な強さと、もう一つだけ——。
(……「ぴーちゃん」って、普通鳥の名前だよな……)
そのネーミングセンスが壊滅て……もとい、とても個性的な事だけだ。
fin
そして、猫はどこかに消えた 由希 @yukikairi
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