第86話 夫婦の挑戦

「マギ先生、ちょっとご相談が」


「お時間よろしいですか?」


 古巣の家を覗きに行ったら、ガイザーさん夫婦に話し掛けられた。


「え、何?」


 そのとき、テーブルでネコと第6位階の魔力魔法習得について、重点項目を話していたから。


 突然話し掛けられた感じで、ちょっと驚く。


 ガイザーさんはクリーム色の麻の普段着姿だったんだけど。

 ベネットさんは両腕に部分的な金属鎧を纏ってて。


 逞しい腕を隠している。


 ……ちょっと気の毒。

 彼女の身体を作ったのは僕だけどさ。


「先生、おふたりの話を聞いてあげてください」


 その2人の様子を見て、ネコはそう僕を促した。


 ……まあ、ネコがそう言うなら


「いいよ。何の用?」


 立っている2人に椅子をすすめて、会話する態勢に入った。


 2人は話し始めた。




「実は、最近この近辺でハッグが捕獲されたのはご存じですか?」


 ハッグ……老婆の姿をした食人鬼だね。

 この夫婦が悲惨なことになった因縁の相手。


 それが最近、この近辺で捕獲された。

 それについては……


「うん。知ってるけど」


 僕はそう答える。


 それ、結構な被害なんだよね。

 このドレワールに続く街道傍に、うち捨てられた石の砦があったんだけど。

 そこにハッグが居を構えた。


 そいつはそこを拠点にして、道行く旅人を餌食にした。

 当然、問題になる。


 で、腕利きの冒険者が討伐に向かい、そいつを生け捕ったんだ。


 ……それまでに結構ね、盗賊ギルドの子飼いの隊商やってた人間が、そのハッグの餌食になったらしく。

 ただで殺すのは気が済まなかったらしい。


 だから公開処刑だ!


 そういう感じ。


「……その公開処刑で、処刑人と言う名の挑戦者の募集がありまして」


 うん。

 知ってる。


 ……ハッグの処刑、コロシアムでの試合形式で行われることになってるんだ。

 幾許いくばくかの賞金も出るはず。

 1万ゴルドくらいだったかな。


 それで?


「私たち夫婦は、それに応募しようかと考えています」


 えっと……?



 確か……

 捕まったのは、アニス・ハッグだったはず。


 別名、鋼鉄のハッグ。


 身長は2メートル超で、青白い肌を持っており、身体能力がハッグ族の中では上位に位置する化け物だ。

 身体能力が優れている分、魔力魔法は第3位階までしか使えないので、一般的なハッグであるブラック・ハッグよりは魔法は弱い。

 けれどもその分、身体能力がホントすごい。

 鋼鉄のハッグの異名は伊達ではなく、本当にその肌が鋼鉄の強度を持っている。


 だから僕は言った。

 警告の意味を込めて。


「ガイザーさんが1人で討伐したハッグはおそらくブラック・ハッグ……弱くは無いですが、フィジカルはアニスの方が数段上ですよ?」


「そうなんですか……」


 ごくり、と唾を飲むガイザーさん。

 脅すつもりは無いけど、事実は伝える。


「その分、魔法の能力がブラックより少々落ちるんですが、純粋に強さで比べるならアニス・ハッグの方が手ごわいと思います」


 だからまあ、この夫婦が処刑人に立候補するというなら、僕も出ようかと思ったんだけど


「ハッグは妻と一緒に2人の力で、1度は倒さないといけない化け物なんです」


 ……その言葉を発する前に、ガイザーさんに力強く宣言されてしまった。


 俺たちのハッグ討伐を邪魔しないでくれ、という。


「……分かりました」


 僕はその言葉をしばらく目を閉じて考えて。

 結論を出した。


 ……確かに、今更ハッグを倒したって奥さんが人間には戻れないんだけど。

 一度、ふんぎりをつけるためにも、夫婦2人で協力して、ハッグを討伐するということはしておいた方が良いのかもしれないな。


 そう思ったんだ。


 だから

 こう言って釘を刺した。


「……返り討ちに遭って、公開処刑のはずが公開食人ショーにならないようにしてくださいよ?」


 だけど僕のそんな言葉に


「大丈夫です。絶対になりません」


「その通りです」


 この夫婦が僕に、真正面からそう言ったんだよね。

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