第84話 汚いお金を手に入れて

「借金をしろと言うんですか?」


「そうだよ」


 目をぐるぐるさせているネコに、ハッキリ言ってやる。

 僕も修行時代やったよ。


 この魅了の魔法を使っての通行人への借金申し込み。


「せ、1000ゴルドなんて……かなり良いアクセサリー買えますし、数人で宴会全力で出来る額じゃないですか……!」


 まぁ、そうだね。

 それを借りるんだよ。


 証文無しで。


「見ず知らずの相手だったら、借りても返すこともできないし……」


「返さなくて良いんだよ?」


「え……」


 驚愕している弟子に


「証文無しで貸す以上、相手も返ってこないことを覚悟してるさ。それが常識」


「それ、おかしいですよ!」


 僕の言葉に、強い視線で弟子が食って掛かる。

 ほぉ? 言うねぇ。


 確かにその通りだよ。


 だけどね……


「確かにキミの言う通りだ。だけどね……」


 僕は語った。

 魅了魔法の最も効率のいい訓練方法がこれなんだ、ってことを。


 金が返って来ること期待しないで渡せるって、魅了の魔法が完全に入らないと実現しないからね。


 そして


「倫理観を至上としていつまで経っても魅了の魔法をモノにできなくても良いなら止めればいいさ」


 これを言うと、ネコは目を見開き。

 呼吸が荒くなる。


 動揺してるね。


 さて、この子はどういう選択をするんだろうか。


 しばらく見ていると


 ……どうも覚悟を決めたらしい。


「せ……先生が言うならきっとその通りなんでしょうね」


 おお……目がぐるぐるしてるね。

 さぁ、どうする?


 すると


「……100ゴルド刻みでも良いんですよね?」


 うん。それがデフォ。

 1人から1000ゴルド取ると深刻なダメージになるけど、10人から100ゴルドずつならちょっと痛いが10人だ。

 罪の重さがだいぶ減る。


 僕だってそうした。


 そこに自分で思い当たるあたり、師匠として嬉しいよ。


 敢えて言わなかった妥協案に、彼女が自力で辿り着いたことに、僕は少し嬉しい気持ちになる。


「無論良い。そこに自力で辿り着いた柔軟さに僕は鼻が高いよ」


 そう言って、僕は微笑みながら彼女の頭を撫でた。




「あの……」


 どっかの酒場の客引きの男に、ネコが話し掛けに行く。

 僕の指示通り、顔がわりと良いのを選んで。


「あ、お姉さん。何か用かな?」


「ここらへんで、女性2人で飲むのに最適な店を探しているんですけど……」


「うーん、女の子かぁ……」


 客引きの男は「申し訳ないけど、俺は女の子の店の従業員なんだ。ゴメンネ」とすまなさそうに謝って来る。

 それにネコは微笑んで


「いえ、商売にもならない私相手に、そんな丁寧に対応していただいて。……その、お仕事に対する責任感。素晴らしいと思います」


 そう、少しもじもじしながら言ってのける。


 うむ……良いぞ。

 仕事ぶりを褒められて、客引き男は少し嬉しいようで


「いやあ、それほどでもないってさ……」


 ちょっと視線を泳がせる。

 動揺してるねぇ。


 効いてるぞ。弟子よ。


 そこでネコが印を結ぶ。

 こっそりと。


 相手が気づかない様に、空いた片手で隠しながら。


 で、多分小さく魅了の魔法語を唱える。


 そして


「そんなことありますよ。細部に神が宿るんです」


 微笑みながら。


 ……完全に魅了が入った。

 その波動を感じたね。


 素晴らしい!


 拍手したい気分だった。




「……これで合計1000ゴルドです」


 やってしまった顔で、魅了の魔法で巻き上げた銀貨10枚を僕に差し出すネコ。


 僕はそれを押し戻し


 こう言った。


「それで思い切り飲み食いしなさい。キミが一番好きな食べ物と、お酒をね」


 その1000ゴルドは徹頭徹尾、自分のためだけに使うんだ。

 綺麗に使おうとしてはいけない。


 これを言うと、また彼女は動揺する。

 目をぐるぐるさせる。


 そして


「の……飲み食い。マギ先生も参加してくださいますか?」


 そんなことを言うんだけど

 僕は


「そんな汚いお金で飲みたくない」


 即座に断る。


 そんな逃げ、許さない。


 すると、彼女は絶望的な顔をした。




 そして。

 ネコは高級な酒場に1人で入った。

 僕は外で彼女が出てくるのを待つ。


 僕は1人で入店する彼女を見送り。

 彼女が1人で外に出てくるのを待った。


 2時間くらい待ったかな。

 空き時間、自費で買ったアンデッドに関する書籍を読んでいた。

 勉強用だ。


 やっとトボトボと、ネコが酒場から出て来た。


 ……かなり酔って、かつ暗い顔をしている。


「……どうだった?」


 迎え入れて、訊くと


「……最高級のブランデーをフルボトルで1つ注文して、いっぱいのチョコレートをおつまみに飲みました」


 そう答えた。

 そして


「美味しかった?」


 そう訊ねると

 彼女は涙を流して吐き捨てるように言った。


「クソみてえな味がしましたッ!」


 その答えを聞き、僕は彼女を抱きしめる。


 弟子よ……!

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