第75話 え?

 ヒュドラ氏はワイングラス片手に僕の旦那を褒めた。

 ヒュドラ氏はパッと見は盗賊ギルドの幹部には見えない、上品な紳士なので。

 まるで僕が結婚した相手が真面目なお役所の職員みたいに思えてくる。


「キミが夫に選んだ男は素晴らしい男だよ。モロスは腕利きで義理堅い男だからね」


 サボリ魔を自称してるが、根は真面目だ。

 この世界でもね、そういう要素は重要要素なのだよ。

 キミなら分かると踏んではいるが。


 ……ヒュドラ氏のお気に入りなんだよね。

 僕の旦那。


 まあ、悪い気はしない。

 旦那を褒められて。


 というか、ぶっちゃけ嬉しい。


 そんな気持ちで、チーズオン胡瓜、チーズオンジャーキーをつまみに、ワインを愉しむ。


 僕とヒュドラ氏。


 2人でワイングラス片手に談笑。


 で、ワイングラスを傾けながら、旦那を褒める言葉を聞き続ける。

 ……これでウンザリしないのは、僕の中でモロスへの気持ちが愛に変わりはじめているってことなのかなぁ?


 クイ、と赤い酒を口にしながら考える。


 ……ヒュドラ氏に夫のどこに惚れたんだって訊かれたらどうしよう?


 モロスが僕を見初めたんだって言い方すると印象悪いよねぇ。

 どうしよう……


 無論、僕はモロスが好きだし。

 普通にキスもできるし、それ以上のこともできちゃうんだけど……。


 モロスは……


 被差別種族であるダークエルフなのに、あまり捻くれて無いんだよね。

 だからまあ、かなり速やかに関係構築ができたんだ。


 普通はもっと疑り深くて、性格も歪むと思うのに。

 そういうのが無いんだよ。


 ……悲しいけど、悲惨な環境に身を置くと、性格に影響が出ちゃうんだ。

 僕が良い例だよね。


 そこでまあ、彼が好きになったのはある。


 で、結婚した後は……

 まぁ、僕のことを真剣に愛してくれているのは伝わって来るし。

 それが嫌では無いんだよね。


 ……一般的な女らしいリアクションを取ってあげられないのが申し訳なくなるけどねぇ。


「知ってるかもしれんが、研究所には出産祝い金もあるからね。そのときは遠慮なく利用すると良い」


 すごくにこやかに、ヒュドラ氏は研究所の手厚い福利厚生を教えてくれる。


 ヒュドラ氏はサービスのつもりで言ってるんだろうけど、その言葉はちょっと傷つくなぁ……

 笑顔で話を聞いてはいるが、内心少し辛かった。


 ……やっぱ、愛なんだろうか。


 一瞬、僕の代理で彼の子を産んでくれるダークエルフかエルフの女を探して来て、頼む方法が頭によぎったんだけど。

 その瞬間、すごく嫌な気分になったから。


 ……何でエルフ限定なんだって?

 それはね……エルフとヒュームの間では、子供が……つまりハーフエルフが、なかなか出来ないからなんだな。


 僕の見立てだけど……エルフとヒュームの要素を併せ持ったハーフエルフって、人間種族としてのデザインが、かなり原初人類ヒューマンに寄るんじゃないのかな?


 何故か知らないけど、歴史に残る大魔法使いや魔法剣士ってさ。

 やけにハーフエルフの含有率が高いんだよ。

 妊娠確率がすごく低いのに。


 だから創造神が、わざと混血児の発生率が下がる様に生命体としてのデザインを組んだんじゃ無いかと予想する。

 完全に断ってしまうのは忍びないけど、かといってポコポコ生まれてしまうと不安がある、みたいな。


 ……それか。

 どうしても強力な人間種族が必要になったとき、頑張れば作れる可能性を残しておいたか……

 分かんないけどさ。考えると面白いよね……


 面白いのは、ヒュームとドワーフ、ヒュームとノーム、ヒュームとケットシーの間では混血児は生まれないんだよね。

 まあ、ドワーフとノームは外見上の問題があるからカップルが出来にくいんであまり問題無いんだけど。

 ケットシーとヒュームのカップルは、絶対に子供が出来ないので養子を取るか、代理で子供を産んでくれる異性を別に用意しないといけないという障害が。

 だからまあ、別の意味であまり成立しないカップルなんだよね。

 基本、生涯子無しを覚悟しないといけないので。


「子供を育てるのは素晴らしいことだ。ダークエルフとヒュームでは難しいかもしれんがね、是非挑戦してみて欲しい」


 ヒュドラ氏は本当に上機嫌。

 ワインがぐんぐん減っていく。


 この人、愛人複数いて子沢山だけど、育児自体にキチンと価値を感じてる人でもあるんだな。

 まぁ、人としてはおそらく悪い人じゃないと思うんだよね。

 犯罪者ではあるんだけど。


 そして僕もワイングラスのワインを半分くらい空けたとき。


 突如、部屋にノックも無しに人が入って来た。


 ……成人男性。

 顔が、ヒュドラ氏を若くした感じ。

 ということは


「おや、マーズ? 何の用だ?」


 ヒュドラ氏が、その男性を見て何の警戒もしていない目を向けた。


 あ、やっぱ息子さんか。


 じゃあ、挨拶しておいた方が良いかな。


「どうもマーズさん。はじめまして。僕はフレッシュゴーレム研究所で働いているマギと……」


 そして笑顔を浮かべて立ち上がり、頭を下げようとしたとき。


 マーズさんがダッと飛び込んで来た。

 ヒュドラ氏の懐に


「え……?」


 一瞬、訳が分からなかった。

 その、物体の存在に。


 ……ヒュドラ氏の胸に、短剣の柄が生えていた。

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