第56話 僕は話した

 そして十数日後に、自宅に帰ると。


「先生、モロスさんから届け物が」


 ネコが僕に書類を詰めた紙袋を手渡して来た。

 ……とうとう来たか。


「アリガト」


 理想は、僕の早とちり。

 疑心暗鬼のネガティブ思考。


 自分の組織で裏切り者が出ているというのは無い方が良いからね。

 さて……どうかな。


 僕は自宅の隅で、ひとりその書類の内容を確認した。




 夜の研究所は無人になる。

 基本はね。


 泊まり込みばかりじゃないからさ。


 僕らの研究結果は書類に纏めて、所長に提出しているんだけど。


「……何をしてるんですか?」


 僕が投げ込みながら所長室に踏み込むと。

 案の定、暗闇の中で。

 所長室内部でおそらく僕らの報告書の束を広げ。

 一心不乱に要点を書き写しているレクイエがいた。




「……見たな。マギ研究員」


「見ましたよ。レクイエ元所長」


 報告書の内容を、研究員の立ち合い無しで勝手に複写するのは研究所の禁止事項。

 理由は言うまでも無いよね。


 目撃されたら一発で研究所の真のオーナーである盗賊ギルドに処刑される。

 例え所長の立場にいてもね。


 ……レクイエは怒りの表情を浮かべて僕を睨みつけていた。


 モロス君の報告書にはこうあった。


 レクイエは……


 ケットシーの女と会って何かを渡していた。

 そのケットシーの女は、アシハラ王国の人間が出入りする施設に出入りしている。

 自宅を調べると、ものが殆どなく。

 その殆どない持ち物の中から「通信の水晶球」を発見した。


 そして……


 頻繁に夜間に外出している。


 これでおそらくこうだろうと当たりをつけて。

 僕も夜間に研究所に侵入したんだよ。


「……ハッキリ言って、自分の記憶頼みでその泥棒行為をされてたら、お手上げでしたね。あなたが慎重な面がある人物で良かった」


 例え覚えていても、記憶は変質がある。

 特にレクイエは自分では実験をやらずに、その結果報告を纏めて上との連絡をするのが仕事の立場だ。


 研究内容は書類の上でしか知らないから、その内容をお土産にする場合は記憶頼みは少し不安のはずだ。


 記憶違いだったら困るからね。

 だからまあ、夜間に研究所に忍び込んで、暗視の魔法を併用して、セコセコ複写作業に勤しんでるのは予想の範囲内だった。


「元所長、月のお給料いくらでしたっけ?」


「……1万ゴルドだ」


 一般的に「そこそこ稼いでる男性」の年収が5万ゴルド。

 元所長は1カ月で、一般男性の良い年収の5分の1を稼いでるんだね。


 ……充分な給金だよな。


「それだけ貰ってて、不満でしたか」


「……そういう問題では無いな!」


 闇の中、レクイエは強くそう言い放つ。

 彼は言った。


「俺は優秀だ! 研究所は、優秀な俺を繋ぎ留められない報酬しか払わなかったことを悔いるべきだ。俺を非難するのは筋違いだな!」


 何もおかしなことは言っていない。

 そう確信している口調で。


「アシハラ王国は月に10万ゴルドの報酬を約束した! 移籍を決定するのに十分な額!」


 ……つまり。

 この男は、例え研究所が10万ゴルドの報酬を払っていたとしても、アシハラ王国が100万ゴルドを約束して来たら、乗り換えていたんだね。


 その言動から考えるに、そういう結論を出さざるを得ない。


「……女のマギ君には理解できないかもしれないがね、男は上を目指すものなんだよ。頂点を目指すものなんだよ……。そうしない男は、単に無能だから目指せないだけなのだよ」


 フフン、と僕をせせら笑うレクイエ。


 ……男でも女でも。

 条件のいい雇い主やパートナーが現れたら、そっちにホイホイ乗り換える。

 そういうヤツは不要だわ。害悪だ。

 能力の高低以前の問題だ。


 本当に、虫唾が走る。


「何より優先すべきは義理人情……僕の師匠の言葉と、僕のこれまでの人生から来た人生哲学です」


 そう言った。言わずには居られなかった。

 まあ、言っても通じないのは分かっちゃいたけど。


「群れるしかできない無能者の典型的鳴き声だな」


 冷笑を浮かべるレクイエ。

 だから僕は


「……いい加減にしろよ。僕たちが命を削って掴み取った真理は、お前如きの手土産にしていい代物じゃねぇんだよ……ダニ」


 そこまで言い切って、僕は印を結び魔法語詠唱を開始した。


「ハリ ムドーラ マハル……」


 魔力魔法第4位階「火球爆裂」の魔法。


 爆裂して火炎をまき散らす火球を生み出し、撃ち出す魔法。

 それを、所長室で僕は唱えた。


 いや……まだ最後の魔法語「ジーオ」(進む、到達、向かう)を唱えていないので詠唱は完成されていないのだが。


 こいつも魔術師で、魔力魔法の知識がある。

 だから僕が唱えている魔力魔法が何であるかは即読まれた。

 当たり前だけど。


 それを知って「まさかこの室内で火炎だと!? 正気か!? 資料が全部消失するぞ!?」という顔になったけど、すぐに「つまり、これはハッタリだな。馬鹿め、騙されんわ」という顔色になった。


 ……うん。それは間違いじゃ無いね。

 これはハッタリ。本命じゃない。


 というか、精神集中は全くしてないから、最後の魔法語を詠唱しても発動はしない。


 僕の狙いを読み切ったと思い込んだレクイエは、後追いになるにも関わらず、大して慌てずに詠唱を開始した。


「カーテル デンジ ステル……」


 空気、変化、収奪……


 魔力魔法第8位階の「麻痺の空気」だね。

 だから僕は息を止め……


 を念動力で操作して、レクイエの土手っ腹を串刺しにした。

 入室前に事前に唱えておいたんだよね。

 魔力魔法第7位階の魔法「念動力」を。


「あがっ……」


 詠唱が止まった。


 ……魔力魔法第6位階の魔法「幻影」は、幻覚を作り出す魔法。

 なので僕は、愛用のマスターカタナをこの部屋に投げ込むときに使ったんだよね。


 マスターカタナに何もない空間の幻覚を纏わせて。

 そこに、ついでに無音の効果音つきで。


 無音の効果音って何だ、って思うかもしれないけどさ。


 だいぶ前に、まだ師匠と一緒にいたとき。

 古代王国時代の魔法研究の結果を記した資料で


 音は波で出来ており、正反対の波をぶつけると消えてしまう。


 ……こういう記述を見つけたんだわ。

 正直、意味不明の記述だと思ったんだけど。


 ここからひとつ、明らかになったことは。

 音は、正反対の属性の音をぶつけると消える。


 このことだった。


 何をもって正反対というのかは分からない。

 けれども……


 幻影の魔法に付随する音って、その効果音は「この状況で不自然にならない音」ってイメージで鳴らしてるんだな。

 個別に「ここでこういう音を」ってイメージしてるわけじゃ無いんだよ。

 だったら……「この状況で不自然にならないように無音になれ」


 この要求も通るだろ。

 要望に合わせて音を鳴らすことは出来るんだから。


「……そういうわけなんですよ。まあ、この秘密を知ってるの、師匠と、僕と、今はあなただけですね」


 激痛で、もう口がきけなくなっているレクイエの肩をポンポンと叩き。

 僕は彼に冥途の土産として、虎の子の秘密のひとつを教えた。


「あの世でなら、自由に吹聴されて構いませんよ。それでは」


 さようなら


 僕は、もう一振り持って来ていた武器……この間、盗賊ギルドに下げ渡して貰った打刀の魔剣「焔丸」を念動力で引き抜き。


 そのまま思い切り、レクイエの首に深々と突き刺した。

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