第55話 疑惑

 エリオス……

 聞いたことあるぞ。


 確か巨大国家アシハラ王国の宮廷魔術師で。

 正式名称忘れたけど、国家事業として練兵と財宝発掘が出来る地下迷宮を作ったとかなんとか。

 そんな凄腕の宮廷魔術師の名前が……確かエリオス。


 そんな相手の下につく?

 何で?


 ……しばらく、考えた。


 このときの僕は、正直なかなか思い当たらなかったんだよね。

 所長がアシハラ王国に亡命しようとしているって可能性に。


 こんなの、他人の話だとすぐ気づくのにな。

 自分のことだと全然だわ。


 ……日々研究でろくに寝ないで資料を読み込み、パートナーであるヒュウマさんと話し込み。

 実験が済んでデータが出たらまた打合せして、真理を探る。


 僕らの上役の所長であるレクイエはそれを知っているはずなんだ。

 それを知っておきながら……よくもまあ、アシハラ王国の軍門に下ろうと考えたよな。


 もしそうなら……許せない。

 クズが!


 ……絶対に許せない。

 無論、まだ確実な事実じゃないのだけど……


 だから……




「……突然オレを呼び出すからなんだと思ったら……目ェ座ってるぞ」


「座りもするよ」


 前に2人で飲んだ酒場にモロス君を呼び出し、同じテーブルに腰掛けた。


 モロス君は今日は非番なのか、ちょっと油断した締まりのない服装。


 モロス君はビールをジョッキで注文したが、僕はそんな気分じゃ無かったので水を注文した。


 そしてビールを口にするモロス君を前に、黙って水を飲む。


「で……用事は?」


「軍事魔法研究所の所長のレクイエを調べて欲しい」


「……軍事魔法研究所って……ひょっとしてお前の職場か?」


 言われて僕は。

 ……一拍置き。


 そして


「そうだよ。……レクイエが外国の勢力と接触して無いかを知りたいんだ」


「ふうん……」


 クールな様子で僕の話を聞く。

 モロス君は


「上司が勝手に他所に行くのがそんなに許せないのか?」


「それは勝手にすればいいさ……でもそれだけじゃないからね。絶対に」


 水を飲みつつ


 ……ああ、モロス君は想像がついてないのか、と思い。

 僕は少し悲しくなった。


 多分、モロス君にしてみれば、この話を聞いて思うのは


 腕利きの先輩が勝手に組織を抜けて、別の国の工作員になった。


 この程度の認識なんだろう。

 裏切りには違いないが、それは事務的に「許せない」だけ。

 感情ではそこまで許せないわけでは無い。


 ……個人の技量で完結する人にしてみれば、そうだろうね。


 僕らはそうじゃないんだよ。

 個人の技量では完結しない。


 集団で相談し、考えて、悩んで、先に進むんだ。

 そして研究成果というのは、そういう皆の努力の結晶なんだね。


 で……


 通常の場合、他の国のそういった研究組織から秘密裏に職員を引き抜き、もっといえば亡命させてくるなら。

 セットで秘密……研究成果も持って行くに違いないんだよね。


 そうでないなら、やるわけがないからな。


 1回裏切ったヤツは何度でも裏切る。

 引き抜きに応じた研究員なんて、信用できないからね。

 大事な研究を任せられないはずだ。


 ……それを度外視して、あえて引き抜きをする。

 そんなの、お土産を期待して以外ありえないよ。


 ……無論、例外中の例外はあるかもしれんけど。

 まぁ、無いわ。

 例外中の例外だからね。

 レクイエはそういう人間では無い。


 僕はそのあたりをモロス君に説明した。

 レクイエがやろうとしていることがどれだけ罪深いのかと。


 すると……


「……スマン」


「分かればいいよ」


 申し訳なさそうに、自分の発言を詫びて来たモロス君に、

 僕はそう返す。


 自分の世界と違う話は理解は難しいもんだ。

 僕は僕で、モロス君の、盗賊の世界は分からんしね。


「……で、レクイエが黒だったらどうすんの? 上に突き出すの?」


 モロス君は僕の話の要点を手帳にメモしながら。

 そう僕に確認する。


 僕は……


「いや」


 そう答え。

 僕の返答が理解できなかったのか、疑問符を浮かべているモロス君に。


 僕はこう続けた。

 モロス君はその言葉に、ギョッとした表情を浮かべた。


「僕が殺す」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る