第5話 湖にて

「マギさん、すみません」


 ウエイトレスの眼鏡の女の子が、大きな背負い袋を背負ってついてくる。

 向かう先は街外れの湖。


「ちょっと遅れ気味だけど、しんどかったらしんどいって言って良いんだよ?」


「いえ、大丈夫です!」


 ウエイトレスの女の子は、今日は荷物持ちなので。

 茶色の丈夫な布で作られた、作業着を着ていた。

 エプロンドレスの姿、似合っていたけど。

 こっちはあまり女の子らしくなくて可愛くないかな。


「ネコ、休憩は本当にまだ大丈夫?」


「はい!」


 彼女の名前はネコといった。

 名前……はっきり言ってDQNネームだな。


 なんだよネコって。

 いい加減にもほどがあるだろ。


 彼女、親がクソなせいでずっと働き続けていたらしく。

 女の子らしいこと、ほとんどしたことが無かったようで。


 手伝いで付いてこさせる前に、今後の人生で何かしら有利な条件として残るように


 ちょっとだけ髪を整えて、アクセサリーで似合いそうなのを1つ分けてやった。


 金が無い人間あるあるで、髪の毛を自分で切ってていい加減だったから

 床屋に連れて行って、きっちり肩のあたりで切り揃えてやって。


 青い色の髪飾りが似合いそうだったからくれてやった。

 僕は使わないやつだし。

 僕の、この「牙のローブ」には映えない色だからな。


 牙のローブ……

 元々、大昔に存在したという牙の教団という殺人を救いと捉える邪教集団で、大司教の位階にいた人間のみに着用が許されたという魔法のローブ。

 身軽になり、魔法攻撃に対する抵抗も上昇させる。あとちょっと、腕力も上昇する。

 性能が良いのと、デザインが好きなので魔術師時代からずっと使ってる一品。


 ……出自が良くないけど、そんなもん装備品の優劣には関係ないし。

 僕はそんなもんには拘らないので愛用してるんだ。


 ……と。


 そうこうしているうちに。


 目的の湖。

 そこに到着した。


 広い。

 池とは違うんよね。


 波っぽいものがあるのよ。

 湖には。


 ……いや、湖の定義ってそこには無いんだっけ?

 どうなのかな……?


 積極的に興味が無いから、あまりそのへんしっかり調べてないんだよな。


 なんてことを考えていたら。


「はじめて来ました。綺麗な湖ですね」


 ネコが目を細めてそう一言。


 うん。同感。


 さて……


「え、何をされてるんですか?」


 ネコが少し慌ててる。

 理由は簡単。


 僕がいきなり牙のローブを脱いだからだ。


 僕は牙のローブの下に、紫色のビキニタイプの水着を着ていた。

 ハッキリ言って、僕は水着姿になることに全く何の抵抗も無い。

 見られて恥になるようなデザインに変身してないからね。僕は。


 そして髪飾りも外して、脱いだローブと一緒に置いておく。

 無くすと嫌だからね。


 で、ざぶざぶと湖に。


 腰のあたりにまで、浸かる。


「……マギさん?」


 心配そうな声で、僕に呼びかけるネコ。

 ちょっと集中したいから、悪いけど無視。


 ……この湖、綺麗だけど竜が棲んでるんだよな。

 人肉大好きな竜が。


 だから、ほとんどの人はここには近づかない。

 冒険者や、腕試し大好きな武芸者以外は。


 しばらくそのまま待つ。

 神経を尖らせながら。


 すると


(お……?)


 接近してくるものを感じた。


 なので

 僕は片手で印を結び、魔法語を詠唱する。


「マナ アレーズ フィック キャストリア」


 魔力魔法第8位階の魔法「力の盾」


 一定量の物理攻撃のダメージを無効化する魔法。

 その魔法の発動と同時だった。


 グオオオオ!


 水飛沫を飛ばしながら、湖から出現した魔物。

 獅子の頭と亀の胴体。

 そして6本の脚をもつ怪物。


 邪龍・タラスク。


「マギさーん!!」


 ネコの悲鳴。

 それと同時に。


 タラスクが僕に噛みついてきた。

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