髪結

尾八原ジュージ

髪結

「くそおやじを探し出してボコボコにして海に沈める。それまで髪は切らない」

 兄はそう宣言した。

 願掛けは未だ叶わず、長髪の手入れはもう何年も俺の役目だ。

「兄ちゃんマジで不器用な。俺がいなかったらどうすんの」

「超特急でおやじをボコすしかない」

「バカ」

 ともあれ他のやつに手入れさせるという発想はないようで、俺はほっとする。

 兄はバカだが見た目はいい。背中の中程まで伸びた黒髪もまっすぐで綺麗だ。だが手入れは要る。毎朝くちゃくちゃになるそれを、梳いてまとめてやるのは俺の役目だ。

 以前俺が右手の親指を骨折したとき、母が髪結いの代役を申し出てくれた。が、兄は断り、俺の指がまともに動くようになるまで、くちゃくちゃの髪のままでいた。

「他の奴じゃダメなんだよな。たとえ母さんでも」

「厳しすぎ。もし俺が就職とかでこの家出るってなったらどうする?」

「お前についてく」

「重っ」

 艶のある黒髪を、後頭部の出っ張っているあたりでひとつに縛る。兄の首筋を見て、俺はふと父親を思い出す。去年の今頃、兄にも母にも秘密で、一人で探し出してボコボコにして海に沈めた男のことを。

 兄ちゃん、黙っててごめん。でも兄ちゃんの髪を結うのは俺の役目だから。

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髪結 尾八原ジュージ @zi-yon

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