第4話 これってデートだよな

 二人でかき氷屋に向かったのは翌週の火曜日。

 大会前だっていうのに、部活の練習もサボって駅前で待ち合わせた。

 そわそわと辺りを気にしていれば、少し先から近づいてくるペンギンの姿。

 足下に光るサンダルのせい? いつもよりヨタヨタが増してる気がする。


「たかやぁー。お待たせっ」


 俺の名前の最後を少し伸ばして呼びかける美波は、見慣れた制服や水着じゃなくて新鮮だった。

 直視できないぐらいに可愛い。


「おぅ。行こうぜ」


 駅前での待ち合わせが何だかこそばゆくて、全身を羽毛でくすぐられてる様な、地面から数センチ浮かんでる様な。

 俺の足、地面についてる?

 ふわふわと飛んでいきそうな体を押さえつけようと、ぶっきらぼうに返事をする。


「んふふー。部活、サボっちゃったね」


「土日はダメって、美波が言ったからだろ?」


「ごめんね。部活、行きたかった?」


「いや、別に」


「ね。たまにはいいよね。ちょっと悪いことしてるみたいで、ドキドキするね」


 ドキドキは、部活をサボってるからじゃない。


「じゃあ、行く?」


「うん!」


 テレビで取り上げられて、行列ができるようになったかき氷屋。

 どれぐらい待つかわからないから、真っ直ぐ目的地へ向かう。



「やっぱり並んでるよなぁ」


「美味しいなら仕方ない。並ぼ」


 店内で食べる列とテイクアウトの列。店の前で二本に別れて人が列をなしていて、俺は美波に確認もせずに店内の列に並ぼうとした。


「孝弥、テイクアウトにしよ?」


 俺が並ぼうとしたのを引き止める様に美波が口を出す。


「テイクアウト? 店内の方がよくない?」


 テイクアウトにしたって、どこかで食べないとこの暑さじゃすぐに溶けてしまう。

 それなら、少し並んででも涼しい店内で落ち着いて食べた方が……


「だってさ、まだまだ待たなきゃいけないよ? あたし、良いところ知ってるから」


 俺の心配を袖にして、美波は颯爽と空いてる列に並ぶ。


 店内の列とは違って、座る場所を探す必要のない列は、どんどん前へと進んでいく。

 さほど待たずに買うことができたかき氷は、テレビで見た以上のクオリティで、今にもこぼれ落ちそうだ。


「美波ー。良いところってどこ?」


「連れてってあげるよ。こっちこっち」


 店の周りの人混みにぶつかりそうになる俺の腕を、美波が掴んだ。

 小柄な美波はスルスルと人混みをすり抜けて、それに引っ張られる俺はついていくだけで精一杯。

 掴まれた腕に心臓が移動した様に、手首でドクドクと大きい音を立てる。

 美波にバレそうだ。


 そのまま駅前の商店街から何本か脇道へ逸れて行くと、そのうちに俺の見たこともない景色が広がる。

 きょろきょろと辺りを見回す俺とは対照的に、目的地への道をわかってる美波が、どんどん先に進んでいく。

 心臓の音バレないよな。

 行き先よりも心配なことから意識を逸らすこともできず、離して欲しくて、離して欲しくなくて、俺の頭の中は大混乱。

 美波に掴まれてる腕は、既に自分のものじゃないみたいだ。


「よかった。まだあった」


「ここ?」


 美波と一緒にたどり着いたのは真ん中に大きな木の繁った公園。

 昼間だっていうのに木の影ばかりの公園は、真夏にはありがたい。


「そう! あっ。ごめん」


 今の今まで俺の腕を掴んでいたのを忘れてたのか、突然美波の手から腕が解放される。


「いや。大丈夫」


 大丈夫どころか、離された腕が寂しい。

 もう終わってしまう。幸せな時間。


「ここで、かき氷食べよ?」


「うん……」


 目の前のかき氷よりも、美波に腕を離されたことが残念で、返事に不機嫌さが混じる。


「ほら、そこ座って」


 木の根元に置かれたベンチに二人で並んで座って、待ちに待ったかき氷にスプーンを入れた。


「どうかした?」


 俺がかき氷をすくって、口に入れようとするその瞬間まで、美波の視線がかき氷を追い続けた。

 さすがにその視線を感じながら口に入れることができずに、観念して声をかける。


「う、ううん。そっちも美味しそうだね」


 俺が頼んだのは抹茶。美波が頼んだのは黒蜜きな粉。どっちもあの店の人気商品で、美波が最後まで悩んでた二つ。


「あぁ。食べる?」


「いいの?! 食べたい!」


 まさか俺が頼んだものを食べたいなんて言うと思ってもなかったから、聞いておきながらひっくり返るんじゃないかってくらい驚いた。

 

「はい」


 かき氷のカップを美波に向けて、今度は俺が美波の動きを追いかける。


「美味しい! 孝弥にもあげるよ。はい」


 俺のかき氷から自分の分をすくって、満足そうに口にした美波が、俺に向けて自分のかき氷を差し出した。

 俺は既にかき氷を口の中に入れていて、そのスプーンで美波のに手をつけるっていうのは。

 それって……

 鼻先に近づけられたかき氷は、俺が躊躇していても、構わずに目の前に押し付けられる。


「ありがと」


 とりあえずお礼を口にして、遠慮がちに一口分をすくった。正直、美味しいのかすらわからない。それ以上に気にかかることばかり。


「どういたしましてー」


 美波は何にも気にしてなくて、俺ばっかりが気にして、浮足立って、凹んで。

 自分の中のやるせない気持ちを放り出して、かき氷を一気にかき込んだ。痛いのは頭かな。心かな。


「美波さ、よくこんな公園知ってたな」


「うん。昔、お父さんに連れてきてもらったことがあるの」


 自分の痛みを誤魔化すように、いつもと同じ会話ができるように自分を取り繕った。

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