魔王、勇者になる

@gandolle

第1話 魔王、勇者になる

 空が青く色づいており、太陽の光が地を照らす日。


 いかにも王様といった、威厳のある老人が豪華な台の上でスピーチをした。


「今日、我々は魔王に打ち勝つための聖剣を抜く!その者を勇者とし、魔王軍に対する旗頭になってもらう!」


 何千といる聴衆が、ゴクリと唾を飲む。


 台の下にある、石の上に突き刺さった一本の剣。その剣さえ抜ければ、富・名誉・力の全てが一気に揃うのだ。


 しかもそれは、力ある貴族に限定された話ではない。


 平民、浮浪者、旅人、この国に住まう全ての者にチャンスは訪れるのだ。


「願おうぞ。勇者の誕生に。そして、新しい未来に!」


「「「「新しい未来に!」」」」


 騎士達が一斉にそう言い、剣を構える。そして俺も同じように剣を構えた。


 そう。俺は今、このターン王国に騎士として仕えている。


 それも、エリートな騎士の中でも一握りの者しかしなれないという上級騎士。


 俺は上級騎士の1人として、聖剣の横で剣を地面に突き刺していた。


 スピーチを終えた国王がこちらに歩み寄ってくる。


「どうだ、聖剣は?」


 光を放つ剣を見ながら訪ねてきた。


「とても神聖な空気を纏っていて、近寄りがたい感じがいたします」


「ほう。建国以来最も早く出世したと言う貴殿がそう言うか」


 国王は興味深げにそう言うと、何千といる民衆の方を見た。


「これはかつて何度も魔王を封印してきた由緒ある聖剣……今回も必ず、あの魔王を打ち倒してくれるだろう」


 国王は考え深げにそう言った。


 ふんっ。そんなことになるわけがなかろう。今日は勇者誕生の日ではなく、魔王勝利の大きな記念日となる。


 この国の上級騎士である俺はそう思った。


 …………なぜかって?



 俺がその魔王だからだあ!(ニチャア)


 ふふふ、バカな王国め、魔王自らこの国の騎士になるとは思わんだろう!


 俺の目的はただ一つ。目の前で勇者が聖剣を抜いた瞬間、そいつをぶち◯す!!


 そして、俺は毎日優雅に暮らすのだ。


 へへへ、こっちだってだてに何十回も封印されているわけじゃねぇんだぜぇ。


 俺は聖剣を見る。


 ふッ、久しぶりだなぁ。このク◯剣が。こいつを見るのはこいつに俺の心臓を貫かれて以来だ。


 忌々しいこの剣。なんなら今すぐにでもぶち壊してやりたいぐらいだが、こいつは神が作った絶対に壊れない剣〜とかいうアホみたいな理屈のせいで、なにをやっても本当に壊れない。


 この前の勇者から奪い取って火山に放り投げたり海の主にくくりつけてやったが、いつの間にか勇者の手元に戻っていて無様にもやられてしまった。


 前回の苦い過去を思い出す。


 その時の過ちは剣を狙ったことだろう。


 よくよく考えてみれば、神が作ったという時点で頭おかしい剣だということは分かる。


 そんな剣を狙った所で、勝てるとは限らないのだ。


 しかし、人は神が作ったわけではない。


 このク◯剣と違って攻撃すればちゃんと傷はつくし、何千年も存在するということもない。


 だから、今回俺は人間の方を狙うことにした。


 まだ何も知らずにのこのことやって来ている勇者を見つけて◯すのだ。


 勇者が剣を抜く前に王国を滅ぼせばいいじゃないかって?


 バカ野郎!!


 俺が王国を襲っている間に、勇者がいつの間にか剣を抜いていた〜なんてことは目に見えてるわ!


 だからこそ、抜いた瞬間なのだ。


 勇者はまさか自分が抜けるとは思っていないため、抜いた瞬間確かに隙が生じる。


 その隙をついて、息の根を止めるのだ。


 ふふ、これぞ大魔王である俺の奇策!


 ああ、自分の才能が恐ろしい。


「勇者の誕生が待ち遠しいですね」


「本当にな。だが、慌てなくても勇者は必ず出てくる。我らはただ、出迎えの準備をしていればいいのだ」


 ああそうだな。ちゃんと、出迎え(◯す)準備はして置かないとなぁ。


 さぁ、誰を選ぶ?聖剣よ。


 貴様が選んだせいで、その者は死ぬのだ。その事実に、お前はどう思うのかな?


 内心で高笑いする。


 なんて気分がいいのだ。こんなにも勝利を確信したのはいつ以来だろうか?


 負けるはずがない。いや違う、負けようがない!


 そう思い、ニヤッとしながら聖剣の方を見てみる。


 すると、聖剣の様子がおかしくなっていた。


「!?」


 聖剣がカタカタと、小刻みに揺れている。


 なんだ?こんな動き見たことないぞ?


 昨日の深夜からこの剣の守衛をしているが、こんな動きを見たのは初めてだった。


 もしや、勇者か!?


 来るのか!?さぁどこに――


 


 その時だった。




 聖剣が、俺の額に向かって一直線に飛んできていた。


 常人ならば頭が吹っ飛ぶほどの速さ。


 だが俺は大魔王だ。


 これしきの攻撃、受け止めてみせる!



「がああああああぁぁぁぁ!!!!!」


 真剣白刃取りぃぃ!!


 体が後ろに下がりながらも、なんとか受け止めることに成功する。


 や、やったぞぉ!止められたぁ!


 危うく、勇者も誕生していないのに封印されるところだったわ!


 取手を持ち、刀身を見つめる。


 俺の勝ちだなぁ。このク◯剣がぁ!


 聖剣はいまだにガタガタと動いているが、それを万力の握力で押さえつける。


 ふふ、勇者もいないのに、この俺に勝てるとでも思ったかぁ!


 勝利を確信していると、1人の平民が叫んだ。


「ゆ、勇者様が現れたぞぉ!!」


 は?


「なに!?まだ選定は始まっていないはずだろ!?」


「剣自ら、あの騎士の人に向かって飛んでいったんだ!」


「そ、そんなことなどあるのか!?もしかしたら、史上最強の勇者様になるかもしれねぇぞ!?」


 盛り上がる民衆達。


 は、はぁ!?俺が勇者なわけがないだろう!


 俺は魔王だぞ!?ったく、これだから民衆どもは――


 そう思っていると、国王が全て分かっていたかのような顔でこちらを見てくる。


「やはり、お主だったか」


「は?」


「わしはな、もう分かっておったのだよ。勇者が誰かなど……」


 じゃあ、俺が勇者じゃないなんてこと分かるはずだよな?俺そもそも勇者になるようなことなんてやってないし。


「数々の試験の最高記録を全て塗り替え、筆記試験においても満点。この国の筆頭騎士にまで勝ったお前は、絶対に勇者だと思っていた」


 あ――。なんかそんなこともやってたわ。


「その上そんなお前が勇者選定の1月前にやって来るなど、このような奇跡、誰も疑いようがないだろう」


 いや、奇跡じゃない。全て計画してやったことだ。


 なにお前まで俺を勇者だと思ってるんだよ。


 そう思っていると、突然国王は叫び出した。


「早くはなったが、勇者は現れた!剣自ら勇者の元に出向くなど、建国史上初のことである!勇者の名は、ラード・エクス。今代の勇者の名である!」


 民衆、騎士問わず一斉に歓声を上げる。


「「「「勇者様万歳!ラード様万歳!」」」」


 ………あぁ、どうしようかなこれ……


 俺は考えるのをやめた。



♢♢♢



「ラード……いや勇者よ、大義であった」


「はッ!」


 いや俺なんもやってないけどな。


 あと勇者じゃねぇし。聖剣の攻撃を防いだだけだし。


「貴君には、これから魔王討伐のためパーティーを組んでもらう。自らの仲間は自ら選ぶのが勇者のしきたり。貴族、王族を問わん。好きなように選ぶが良い」


 魔王軍四天王でパーティー組んじゃおうかな?きっと無敵のパーティーが出来上がるぞ。


 ぶっちゃけこの国王を今すぐにでも◯してやりたいぐらいだが、それは聖剣が許さない。


 俺が魔力を出そうとするたびに聖なる光で浄化してくるし、今にも鞘から飛び出して来そうだ。


 ただ、この鞘は俺が用意した別名『神の鞘』。壊れることはなく、俺が全力で押さえつけておけば絶対に抜けることはない。


「かしこまりました。良い仲間と出会えることを願います」


「うむ。ああ、王族も許すと言っても、わしは無理だからな。さすがにまだ戦えるほど元気ではない」


 何言ってんだこのジジイは?


 誰がお前なんかを仲間にしたがるんだよ。


「心得ております。では」


 そう言い、背を向けて歩く。



「あぁ、やはり勇者様と剣は心が通われておるな」


「そうだな。あんなにも大切そうに聖剣を握る姿を見てると心が浄化されそうだ」


 鞘から出ないようにしている事情も知らずに、貴族達が好き勝手に言っている。


 俺が勇者だと?なんたる侮辱だ。この忌々しい剣め。自分で動くことができるのなら、勇者なんていらんだろう!


 イライラしながら王城の廊下を歩く。


 すると、前から赤髪の女がやって来た。


「……勇者になったらしいわね。ラード」


 その赤髪の女――ルーシャ・スレインはそう言った。


 こいつは俺が騎士になった時にはすでに上級騎士だったやつで、ことあるごとに俺につっかかって来た愚か者だ。


 あまりにも態度が生意気だったので、何度もボッコボコにしたのを覚えている。


「ああ、不本意ながらな」


「そんな嘘をつかなくてもいいわよ。すごく大事そうに握ってるじゃない」


 こうでもしなきゃ切り掛かってくるんだからしょうがねぇだろ!


「ふんッこれから仲間を探さなきゃいけないんだ。悪いが、お前にかまっている暇はない」


 どうせまた決闘を申し込みに来たのだろう。ったく、懲りずに何度も何度も……


 顔を顰めていると、ルーシャは顔を赤くして言った。


「ち、違うわよ!今日は決闘を申し込みに来たんじゃない。あなたと私はもう、対等じゃないしね……」


 ルーシャは落ち込んだように俯いてそう言う。

 

 は?ま、まさか、こいつ俺とお前が対等だとでも思っていたのか……?人間の分際で?


 怒りが込み上げ闇の魔力が昂ってくるが、すぐさま聖剣の光で浄化される。


「……さっきからすごい輝きね…やっぱり、あなたが勇者っていうのは疑いようがないわ…」


 俺を消そうとしてるんだよ!勇者だから光ってるんじゃねえ!


「ふん。対等ではないから負けを認めるのか?」


「え?」


「お前は貴族相手にも戦いをやめるのか?」


「なにを言って…」


「いいか。言い訳をして自ら負ける奴が俺は大嫌いだ。立場なんて気にせず、これからもかかってこい」


「……ッ!あ、ありがとう」


 サンドバッグがいなくなるとストレスが溜まる一方だからな。せいぜい◯さない程度に痛ぶってやろう。


 内心ほくそ笑んでいると、またもや聖剣が切り掛かってこようとガタガタ動く。


 ちぃッ、この野郎、イライラするぜ!


 どこかに投げ捨ててやりたい気分だったが、そうするとどうせ本物の勇者が拾って俺を殺しにくるからそうもできなかった。


 いっそのこと、これを囮にして勇者を誘き寄せるか?


 剣に近づいた者からバッサバッサと◯していったら、勇者も◯ぬのでは?


 天才だ!と自分を褒めたくなったが、それも無理だ。


 この剣は自ら飛んで俺に向かって来たし、おそらく自分で動けるのだろう。


 俺が剣を置いた瞬間勇者の元に向かっていったりでもすればたまったものではない。


 結局、こいつとは離れられないのか……


 がっくりとしていると、ルーシャが心配そうに話しかけて来た。


「なんか元気がないわね……あなたらしくない。それで、パーティーのことなんだけど――」


「そうだ!その手があったか!」


「え?」


 本物の勇者を探し出し、パーティーに加えればいいのだ!そして共に行動して信用を勝ち取り、寝首をかく!


 はっはっは!なんて俺は天才なんだ!


「善は急げだな。助かったぞルーシャ!」


「え?あ、ど、どういたしまして?」


 俺は王城の廊下を全力で走る。


 はっはっは!一時はどうなるかと思っていたが、余裕ではないか!聖剣は押さえつけておけば抜けないし、その間に勇者を探し出して◯せば、俺の勝利は揺るがぬものとなる!


 やはり俺は天才だ!!



 これからとんでもないことが起こるとはしらずに、ラードは高笑いをした。

 



 


 

 


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