第5話

 ――二ヶ月のループは、なかなか長い。

 気を張りすぎれば初回のようになり、ひとつのことにかまけすぎても二回目のようにおかしな失敗をする。


 いろいろなことをした。イベントの関係者になって入り込もうという計画は、期間が短すぎて難しかった。とにかく中止にさせようと爆破予告なんて馬鹿な真似もしたが、すぐさま特定されて厳しい説教を受けた。蒼維のマネージャーに取り入ろうとしたが、蒼維ファンなのがすぐばれて要警戒人物になり、握手会の入場を断られた。

 蒼維が足を止める原因になる「長年のファン」を見つけ、握手会に参加しないよう説得、あるいは工作するというのも考えた。しかしその人物を見つけることができなかった。

 ひとりでも列がずれればいいんじゃないかと、自分が後ろに並ぶよう、順番を変えてもみた。だが蒼維の死は避けられなかった。


 二ヶ月を繰り返すのは、長かった。

 四度、五度、とやっていくと疲弊も倍加していく。


 十度目辺りから架凛はもう回数を数えず、思いついたことを少しずつ変えて試してみるようなターンに入っていた。


 どうしても、事故は起こる。多少列の長さを調整したところで、蒼維が足をとめた場所に器具が落ちてくるのだとわかった。


 となると、やっぱり蒼維を移動させるしかないと思った。バイトのスタッフと仲良くなって、蒼維が足を止めたら先に進むよう促してもらうようお願いしておくのはどうだろう。落下のタイミングに合えばいい。代わりにそのスタッフが死ぬかもしれないが別にかまわない、などと思うくらいには、その頃の架凛は少しおかしくなっていた。


 記憶がどんどん曖昧になる。あれは二ヶ月前だった? それとも一年前のこと? 本当にあったこと?「本当に」とは? ループをすればなくなったことは「本当にあった」ことと言えるのか?


「……あの人」

 ぼんやりとし出した記憶のなかで、架凛はおかしなことに気づいた。

「どんな人か、わからない」

 蒼維が目をとめる相手。「長年のファン」。何度も探そうとしたが見つけられなかった。架凛の位置からは、どんな人物か、どんな服を着ているのかさえ、いつも見えなくて。

「違う。見えないんじゃない。……覚えられない」

 隣り合わせたことさえないが、最初のとき――もうおぼろげだが――より近かったことは何度もあった。

 なのにわからない。いくつくらいの人なのか。男なのか女なのかすら。


 蒼維のファンはほぼ女性だ。男性も皆無ではないが、握手会に並んでいればだいぶ目立つし、気づくだろうという気はする。だが「絶対に違う」という確信が持てない。わからないのだ。


「おかしい」

 その人のせいで、とは言わないが、まるでその人を目印にするかのように、蒼維の事故は起こる。

 きっと何か関わりがあるのだ。その人物があの事故に。そしてもしかしたら、このループにも。


「――架凛!」

「え」

 誰だっけ、と一瞬思う。

「うわー、あんまり感情のない顔してるからびっくりしちゃった。大丈夫? 仕事忙しいとか?」

「……まほ」

「うわー、抜け殻! どしたの? 握手会外れた?」

「どう、して」

「どうもこうも、架凛がこんなになるなんてアオイくん関連くらいでしょ」

 知ってるんだから、と真穂は笑った。架凛は無表情にそれを見る。

「……架凛?」

「あんた、誰」

 表情をろくに変えないまま、架凛は尋ねた。

「ええ?」

 真穂は怪訝な顔をした。

「まさか私のこと忘れちゃったわけじゃ」

「真穂は、私を架凛ちゃんって呼ぶ」

「そうだっけ?」

 ぱちぱちと、真穂は目をしばたたく。

「それに、真穂はソーイくんの名前、いくら教えても覚えてくれない」

「まじで!? うわー、これはもう言い張れないか」

 真穂、それともそうではない誰かは笑って架凛の目の前にスプレーのようなものを噴射した。

「な」

「ごめんね、ひずみの特定に時間かかっちゃって。お疲れ様。とりあえず、休んで」

 真穂ではない誰かはどうにもあっけらかんとしてそんなことを言い、架凛は二ヶ月目がくるよりも早く、意識を失った――。


「つまり」

「つまり?」

「蒼維くんの命を狙う組織と、それを阻止したい組織があって」

「はあ」

「後者は時間遡行機構を持ってるから、失敗するたび二ヶ月ほど遡行した。それに巻き込まれたのが瀬川架凛って例の子」

「はあ」

「これが妙に行動力のある子でさ、大事な蒼維くんを守りたいがために毎度毎度努力するわけ。それがどうも後者の組織の思惑とかみ合わなくてさ」

「ええ……? 逆に邪魔してたみたいなことなの……?」

「いやいや、あの子の力だから。蒼維くんの生存」

「何で」

「時間遡行機構って結局、想いの力で動くじゃない。組織はそこまで蒼維くんを想ってなかったから、やれても二、三回だったんじゃないかな」

「はー……」

「あの子があんまりへこたれないんで、前者側の組織も諦めた」

「諦めたぁ!?」

「まあそれは半ば冗談だけど。あの子が真相に近づき出したから、まずいと思って撤退したっぽい」

「真相ってのは、蒼維と接触した相手がひずみの中心だったって話?」

「そんなとこ」

「……まあ、解決してみんな手を引いたなら何でもいいけど。でも、もう穴だらけじゃないの、この時間帯。どうすんのよ」

「修復できるって。だいじょぶだいじょぶ」

「まあ、それはいいとして……蒼維ってのは結局、何者なわけ」

「よくわかんないけどたぶん宇宙人」

「よくわかんないけどたぶん宇宙人!? そんなの、タイムパトロールにどうにかできる!?」

「どうにかする必要ある? 管轄外でしょ」

「それでいいの……?」

「いいんじゃない?」

「んで、瀬川架凛の処遇は」

「彼女は巻き込まれただけだしなあ。被害者だよ」

「処罰とは言ってないでしょ。記憶とかどうしたの」

「ああ、生々しいのは消してあげたよ。出来事自体は強烈に焼き付いてるから消しきれないけど」

「握手会は」

「ん?」

「可哀想でしょ、握手できてないの」

「できてるよ」

「え?」

「ちゃんとフォロー済み。握手した思い出は入れてあげてる」

「……それって別の時間軸の記憶でしょ」

「でも本人の記憶だよ」

「まあ、そうだけど。……いいのかなあ、それで」

「いいんじゃない?」


 ――架凛が目を覚ましたとき、記憶はぼんやりとしていた。

 何だかひどい悪夢を見たような感覚だけが残っている。


 何度も何度も握手会に行ったこと。それから昨日は――握手会が開催されたこと。


 思い出すと彼女は飛び起き、まず日付を確認した。

 11月16日。

 震える手で、蒼維の公式アカウントを開く。

 そこには、彼が握手会のお礼を言っている動画が載っていた。

 架凛はそれを再生してくずおれ、号泣する。


 長かった悪夢はようやく終わりを告げたのだ。


―了―

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推しを救うためのループ 一枝 唯 @y_ichieda

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