第3話

 は?――と、架凛の友人である真穂はぽかんと口を開けた。

「だから、教えてほしいの。ループものってやつ。真穂、そういうの好きだよね?」

「まあ、好きだけど」

「私もちょっとは知ってるけど詳しくないからさ」

「待って待って。教えてったって、何を? オススメの作品とか? でもそんなの、わざわざ呼び出さなくたっていいよね?」

 水原真穂は中学時代からの友だちだ。高校も一緒、大学は別で仕事もジャンルが違うが、ずっとウマが合っていまでもときどき食事をする間柄。最近は蒼維の話もよくしていた。真穂の守備範囲は「二次元」の方でアイドルに興味を持っていないが、お互いの推しの話をするのは楽しいものなのだ。


「オススメって言うか……知りたいのは傾向と対策」

「傾向と対策?」

「えっと、ループものって主人公が何か問題を解決するためにループするわけでしょ」

「まあ、それはそう」

「スパンは? 何日ごとくらいでループするの?」

「それは、まあ、作品次第?」

「傾向は?」

「うーん、あんまり考えたことないけど、一日とか一週間とかじゃないかなあ」

「二ヶ月は?」

「具体的だね。まあ、探せばあると思うけど」

「そうじゃなくてさ」

 真穂が困惑しているのが架凛にもわかったが、「実は私ループしてるかもしれない」とか言い出して信じてもらえるとはさすがに思わなかった。


「二ヶ月だったらループじゃなくてリープってこともあるかもね」

「うん?」

 真穂の言葉に架凛は首をかしげる。

「タイムループは何度も繰り返すやつ。タイムリープは、時間を遡ったり、未来に行ったりするやつ」

「そ、それじゃ……戻るのは一回だけ?」

「それも作品次第かなあ。回数制限がある、みたいなのもよく見るよ」

「回数制限? 何回できるかは、どうやってわかるの?」

「作品次第」

 苦笑して、真穂は言う。

「たとえばその力を超常的な存在からもらって、そのときに回数を教わるとか。シンプルに、手の甲に書いてあるとか」

 ここで思わず架凛は両手を見たが、幸か不幸か数字は書かれていない。

「あとは、やっていく過程で判明するパターンもあるかな。使い放題だと思ってたらあと三回でした、みたいな」

「じゃあ……常に最後だと思った方がいい、ってことだね」

「まあそうかもね。……どしたの? 架凛ちゃん、リープなりループなりしてるの?」

 ぱちぱちと瞬きをしながら真穂は問うが、もちろんこれは「えっ、架凛ちゃんは本当に時間を超える力を身につけたの!?」ではなく、ただの軽口だ。架凛は曖昧に笑うにとどめる。

「事故を防ぐみたいな話はある?」

「そりゃ、あるんじゃないかな。いっぱいあるもん、ループもの」

「どうやって防ぐ?」

「作品次第……」

 真穂は何も悪くないのだが、同じ返答を繰り返すことになるせいか、少し申し訳なさそうな表情を見せていた。


「正攻法はたいてい、うまくいかないのね。たとえば、交通事故を防ぐため、該当の相手を外に出さないようにする。でも何かの折に一瞬だけ出て、やっぱり事故に遭う。海で溺れるのを防ぐため、やっぱり出かけさせないようにする。でもお風呂で溺れてしまう」

「で、でも最終的にはみんな解決してるよね!?」

 架凛は声が震えそうになるのをこらえた。

「それは、まあ、たいていはそう。解決しないループものなんて登場人物も読者も幸せにならないので……あ、でもビターエンドはあるかな」

「え、どういうの?」

「えっと、目的は果たして問題は解決されるんだけど、主人公は力の使いすぎでどうにかなっちゃう、みたいな」

「し……死んじゃう?」

 架凛は少しおののきながら尋ねた。

「そういうのもあると思う。私が見たことあるのは記憶を失う系。主人公の記憶がなくなるパターンと、みんなが主人公のこと忘れちゃうパターン」

 どっちも好きな作品でね、などと真穂は説明し、それからじっと架凛を見た。


「……本当にどうしたの、架凛ちゃん。やっぱり本当に、ループでもしてるの?」

 先ほどよりは真剣な問いだった。だが信じてもらえる自信は、架凛にはない。ここ二ヶ月、いや、これから二ヶ月のニュースについて「予言」してもいいが、そんなに大きな出来事はなかったし、確認してもらうのにも時間がかかる。もう少し日常的な出来事を言い当てられればよいが、生憎とこの二ヶ月、架凛は真穂と会っていなかった。真穂の近況や未来をズバリ言い当てるような真似もできない。

「うーん、まあ、ループはともかく」

 答えない架凛をどう思ったか、真穂は頭をかいた。

「言えることがあったら言ってよ。言えるようになったら、でいいから」

「……うん。ごめん。ありがとう」

 架凛は少しうつむいて、そう言うしかなかった。

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