それぞれの危機

 貞志さだしはとあるアオンモールと呼ばれる商業施設で大学の課題に悩んでいた。ここで単位を落とすと留年が決まってしまう。気分転換に商業施設に来た所まではいいが、全く課題である『セキュリティに有効なコード配列の作成』が浮かばなかった。

 そんな時、ベンチに置いてあった仁天堂のスコッチライトを見つけた。近くに誰もおらず忘れ物だと思い届けることにした。

 貞志はスコッチライトに触るつもりは無かったが、ふと指がボタンに触れ起動してしまった。


「あれ?」


 貞志は起動画面を見て驚いた。パスコードを入力する画面となったが、その数列と入力するまでのプロセスは、今まで見た中でも類を見ないほど高度なものであった。元々優秀ではあった貞志は、そのパスコードの配列やパターンを分析し暗号を解き始めた。

 二十分程かかったものの貞志はパスを解くと、付箋にそのコードを書き示した。更に貞志はこのパスコードをより強固なものにする改善点も見付けていた。即ち『セキュリティに有効なコード配列の作成』の課題が出来たのだ。

 貞志はスコッチライトの電源を落とすとサービスセンターに向かった。貞志がサービスセンターに着くと、ちょうどスタッフが席を外していたようだがカウンターに色んなものが入ってた落とし物入れの箱らしきものがあったので、そこにスコッチライトを入れその場を後にした。貞志の留年は回避されそうだ。


 ◇


 陽子ようこは祈るような気持ちでアオンモールのサービスセンターに駆け込んだ。


「あの、今日のフリーマーケットで売る予定だった商品の入った箱が届いていませんか?」


 ピチッとしたリボンを巻いた店員さんがニコリと笑いながらカウンターの箱を見せてくれた。


「良かったぁ。それです!」


 陽子は箱を受けとる手続きを行うと、すぐさまアオンモールのイベント会場へ向かった。折角、無くしたと思っていたバザー用品が見つかったと言うのに陽子の気持ちは暗いままだった。と言うのも、陽子にはこのフリーマーケットでどうしても子供の修学旅行の高まる燃料等に伴う追加の二万円が必要で、お金を作らなければならなかった。

 陽子はブースにママ友から援助して貰ったお皿や小物を並べながら溜め息を着いた。この品物を全部売ったとしても二万円には程遠かった。その時だった。商品を見ていた一人の男性が話しかけてきた。


「あの、すみません!このスコッチライトは幾らでしょうか?」


 陽子には身に覚えの無い話だったが男の指差す箱の奥を見た。そこには確かにスコッチライトが入っていた。もしかしたらママ友の誰かがいれてくれたのかもしれない。陽子は駄目元で男に金額を示してみた。


「あのぅ、それは一万円です」


 男が驚いた顔をしていた。ちょっと高かったのかもしれない。陽子が慌てて値段を下げようとした時だった。


「そんな値段で良いんですか?買います!ありがとうございます」


 男はパッと一万を出すとスコッチライトをもって嬉しそうに人混みに消えていった。

 陽子は目標金額の半分が一気に達成でき、この先に少し見通しが立った。


 ◇


 達哉たつやはアオンモールのおもちゃ売場で愕然としていた。子供のために仁天堂のスコッチライトを買ってあげると約束したのに、いざ店に来てみると、つい先程顔の青白い男が買っていったので最後だったのだ。

 達哉は仕事仕事で子供の約束をことごとく守れないでいた。そんな子供の為に約束を守れる父親を見せてあげようとしていたのに、今日約束が守れないと子供ががっかりしてしまう。

 そんな時だった。イベント会場のフリーマーケットの一角に、まだ箱の中に入ったまま、並べられていないスコッチライトを見つけた。


「あの、すみません!このスコッチライトは幾らでしょうか?」


 女性は驚いた顔をしてスコッチを見ていた。もしかしたら売り物では無かったのかと達哉は思ったが「あのぅ、それは一万円です」と女性は値段を表示してくれた。スコッチライトを買えず、子供に悲しい思いをさせてしまうと思っていた達哉は思いがけない幸運に喜びスコッチライトを買うと急いで子供の元に向かい、買ったばかりのスコッチライトを渡し、父親の威厳を保つことが出来た。


 ◇


 洋介ようすけは父親から貰ったばかりのスコッチライトの電源をいれると、画面の指示通りに設定を進めていった。初めてスコッチライトを使う時は色々と設定をする必要があることを洋介は友達から聞いていた。

 しかし、このスコッチライトの設定は少し面倒くさかったが、幸いな事にスコッチライトの裏にパスコードの書かれていた付箋があったためそれを入力するだけで良かった。洋介がパスコードを全て入力すると『認証完了』の文字と共に、宇宙空間に漂う『一発』と書かれた兵器と『Target』とラベリングされ画面に向かって飛んでくる隕石のゲームが写し出された。


「成る程、ビームは一発だけで迫り来る隕石を撃ち落とすゲームと言うわけか」


 洋介はスティックを操作しながら『一発』の向きを変えたりしながら隕石に少しずつ近づいていった。以外と操作は難しかった。また『Target』の近くには沢山の小さい隕石が飛び回り遠くからビームを撃っても弾かれてしまいそうだった。洋介は細かい操作を繰り返し、遂に一瞬の隙間をぬってレーザーを発射した。

 スコッチライトの画面には眩い光を放ち飛び散る『Target』の姿が映った。それはとてもリアルでゲームと言うよりは中継映像のような綺麗さがあった。

 洋介は次のステージに進もうとスコッチライトを操作したが『Target』の破壊後、画面には沢山の光を出しながら飛び散る隕石が映るだけで、何も出来なくなっていた。

 洋介は折角父親が買ってくれたスコッチライトをちょっと触っただけで壊してしまったと焦っていた。

 その時だった。顔の青白い男が新品のスコッチライトを差し出し、洋介の持っているものと交換して欲しいと頼んできた。

 洋介は壊したスコッチライトが新品のものになり、父親に壊したとバレないことに安心し、喜んで男の提案にのり交換した。


 ◇

 及川おいかわは目の前の光景に驚いた。

 小さな男の子が持っている仁天堂のスコッチライトに似た装置は間違いなく、対防衛レーザーシステム機器『一発』のコントローラーだった。

 及川は震える声を押し殺して子供に声をかけた。


「ねぇ君。良かったらおじさんの新しいスコッチライトとそのスコッチライトを交換してくれないかな?」


 子供は少し怯えていたが直ぐにニコッとすると交換してくれた。

 及川は心から安堵したのも束の間、防衛システムのコードが解除されていたことに再び絶望した。

 一発しかないレーザがもし発射されていたら。

 一機しかない防衛レーザシステム機器が操作され小惑星とぶつかっていたら。


 日本は終わる。


 及川はそれ以上コントローラーの画面を見ることが出来なかった。

 丁度その時だった。及川の携帯が鳴った。相手は国のトップからだった。

 終わった。及川は諦めて暗い気持ちで電話にでたが、内容は及川の想像していたものとは大きく違っていた。


「及川君。良くやってくれた!あの数の小惑星を避けてよくぞ『Target』隕石に近づきレーザを撃ってくれた!目標は消失。日本は救われたぞ!時間はギリギリでまさに危機一髪だったが大義であった!」


 及川にはなんの事か分からなかったが、いつの間にか危機は去ったらしい。


 どうやら今日一日で、アオンモール商業施設では沢山の誰も知らない危機が去っていき、知らずの内に皆で日本を救っていたようだ。



 了

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みんなの危機一髪 ろくろわ @sakiyomiroku

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