危機一髪って何やってるんだ勇者よ!!

@hamakinosukima

危機一髪って何やってるんだ勇者よ!!

少女は名前がなかった



魔王城と呼ばれる魔物たちの根城付近の村に産まれた彼女は不運なことに魔物たちの持つ魔力の影響を受けやすい体質であった


村の住民たちは大なり小なり魔力の影響を受けていたがそれは人間の範囲内。彼女は母親の胎内にいるうちから魔力を吸収して体内をかたどってきたせいで魔物特有の漆黒の髪と瞳をもって産まれた

元々は人間の身体。魔力を取り込んで身体ができたからか自己回復力が人間の持つ力よりも強いが魔力を操るすべなどもっていないただの赤子を村の住民たちは恐れた


両親、特に母親の恐怖心はどれほどだっただろう

自分が魔物を産んでしまったと心を病んだ母親とその母親を思って少女を捨ててしまった父親を断罪できるものなど何処にいるのか

少なくとも、村の住民たちは誰も断罪などできなかった



そうして赤子は魔物たちの住処である魔王城に続く森へと捨てられた

赤子はただの赤子だった。成長が早いこともなければ、産まれて数時間で起き上がり話すことができるわけではない

だからこそ、赤子が生き残ったのはただの偶然で幸福とは言い難い不運だったのだろう


赤子の鳴き声につられてやってきた魔物たちは柔らかい肉に歓喜し食欲のまま食べようと口を開く

そこを助けたのはたった一人の魔物だった

靡く黒髪は魔物の証明であり、知的な瞳を緩めた男性体に近しい体を持つ彼は赤子を拾うと魔王城に連れて帰った

それは優しさや慈善活動ではない。ただその行為は魔物にとって有益性があったから動いただけのこと



魔物の名はユードリウス。現時点の魔王と呼ばれる存在だったが彼はそれが嫌だった

彼は魔王などになりたくなかった、自分の足で歩いて世界を見て回りたいとさえ思っていた

だが、誰かが魔王という存在にならねばこの世界を維持できないことを知っていた

魔王とは魔物を統一して好き勝手にする存在と世界では言われているが本来は違う。魔王とはこの世界が生み出し続ける魔力を吸収するために城で監禁される生贄の名前だった

彼は連れ帰った赤子に魔王と名付け、育てあげること12年

12年間は魔力の影響を受けやすい人間を魔力吸収しやすい体質に変えるには十分すぎる時間だった

彼は少女にこの城を出てはいけないと言い含め城を出ていった

少女は一人になった

少女は自分が魔王であることしか知らなかった



だから、人間たちの中で勇者が産まれたことも

吸収しきれない魔力が増えてきて魔物たちが活発化して襲い始めても

止めることもできず少女は魔王であり続けた

それしかできないから、それしか知らないから

出来ることをやろうと魔王城で一人過ごし続けていた



そんなことは知らず万感の思いでやっと来た魔王城に勇者パーティの目に映ったのは

無表情で人形みたいに待ち受ける少女に似た外見をした魔王の姿

普段から括約筋を動かしていない少女が驚いたことも、言葉を知らない少女が口を開いたことも気づかない彼らが仕掛けた攻撃に少女は傷つく

だが、今まで吸収し続けた魔力と少女の持つスキル、自己回復能力がその傷を瞬く間に癒した

それこそ強者が戯れに弱者の攻撃を受けているかのような光景に勇者パーティーは二人を覗いて息をのみ強力な攻撃を杖に溜め…



「ま、まて!その子はにんg」



そんな言葉が勇者パーティの一人、魔導士から発せられたのとほぼ同時に杖から技が繰り出され桁違いの魔力を持つ魔導士と魔力を一切持たない勇者以外の全員の魔力が込められた必殺技というべき技は、流石の自己回復力をもってしても少女の身体は耐えきれず消し炭になる…はずだった

勇者が少女の目の前に割り込み、魔王を消すはずだったその剣でその技を切り捨てるまでは


「危機一髪…ってなにやってるんだ勇者よ!!」

「……あぁ!!申し訳ありません、魔王様…いえ。名前はおありですか?よろしければお聞かせいただきたいです」


魔導士ユードリウスは危うく殺されかけた少女の危機的状況が脱したことに冷や汗を拭うと勇者に叫んだ。だが、勇者は切り捨てた直後から振り返り魔王と呼ばれた少女だけを見てその場に跪き可憐で美しい手をとり乞うように手の甲にキスを落とした


「…もしや、話せないのでしょうか?問題ありませんよ、私は読唇術が使えますから…いや、これは言語というものを理解していない。なら、感情をつながせていただきますね。大丈夫です、嫌でしたら何時でも切れるものなので仰って下さい」

「……ねえ、ユードリウス。あれ、本当に勇者?」

「いや、それよりお前さっきなんつった?人間?」

「あはは、いやぁ………」


元魔王であるユードリウスは踊り子と剣士の視線を受けると目線を逸らす

パーティメンバーからの視線も、ユードリウスの助けを求める視線も意にも止めずただ一人勇者は魔王と呼ばれた運命の人に求愛を続ける

そして無理矢理感情を繋げられ愛情をその身に一心に受けた魔王は初めて感情を得るのだ

この男はなんなんだという困惑ともいえる感情を

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