連戦(1)


「避けてェっっっ!!!」



 絶叫。その一瞬前。

 爆発的に立ち上った魔力に、肌で気付いた者が二人いた。


 式隆と、リトである。


 だが、反応できたのは式隆だけだった。


 吹き荒れる膨大な魔力は、巨大な炎の波へと姿を変えて一行を襲う。


 その寸前で。

 咄嗟に皆の前へ出た式隆は、グローブに注ぎ込めるだけ魔力を注ぎ込み、両手を体の前に横向きにかざして、防御の姿勢をとった。




 ゴウ!!!!




 肌を焼く熱の奔流。時間にして、およそ5秒。

 視界が晴れ、日奈美が目にしたのは、服の端々から煙を上げ、痛みに呻く式隆の姿だった。



「式隆さん!!!」



 駆け寄ろうとする日奈美を手で制止し、油断なくワズガルを見つめながら、式隆は言う。



「…リトさん。皆を連れて拠点へ」


「……それは」


「相手できるのは俺だけなんじゃないですか? ソイツと同じように」



 式隆は、一行の一人が担ぐクルトを横目で見る。



「気付いて──」


「具体的に誰かは知りませんがね。さ、合理的に判断してください。それに──」



 一呼吸おいて、式隆は不敵に笑う。



「負けるつもりは毛頭ないんで」


「──分かりました。ご武運を」



 そう言って、リトは皆を連れて脇道へと入る。



「嫌です! 待って! 式隆さん!!」



 日奈美は、魔法を怖がり、戦う手段の一切を教わろうとすらしなかった自分を後悔する。抱えられながら必死にもがき、叫ぶ日奈美に、式隆は──


 ウィンクをして、笑いかけた。







 皆を先導し、走りながらリトは考える。



(一体どうしてヤツがここに?)



 否、理由など本来は考えるまでもなく分かることだ。ただ単に、自分が考えたくないことから目をそらしているだけ。

 この計画の首謀者、黒幕であるワズガルがここにいる。この事実が意味するのは──



「…失敗、したのか? ボスは──」











 事の経緯は15分前に遡る。



「…どうだ? エルザ」


「はい。部屋から動く気配はありません」


「よし。では皆、準備は良いな」



 レナートは後ろを振り返り、今回の作戦でワズガルの制圧に抜擢した4人を見る。

 各々が頷く形で意思を伝え、レナートの後ろについて建物に入る。


 ここは、レナートが経営する違法奴隷売買の店、その三号店である。拠点として扱っていることも影響して、このノルトだけでも三つの店舗がある。一号店と三号店がカモフラージュのために通常の(違法ではない)奴隷を扱い、二号店にて本命の違法奴隷の収集を行っている。


 ワズガルは、各店舗それぞれに自分専用の隠し部屋を持っている。その存在を知るのは、レナート含むほんの数人だけである。


 三号店は、街全体で見て『蛇の目』が奪還作戦を行う場所からはちょうど反対側に位置している。

 今回ワズガルが三号店の隠し部屋に潜むことを決めた理由も、そこにあるだろう。



 レナートは、自分の不手際の償いとして、『蛇の目』の奪還作戦に参加させてほしい、とワズガルに何度も話してきた。

 今回の計画の際、「最後の直談判」と称して違和感なく部屋を訪ねるためである。


 なお、直談判を違和感のない形にするため、即座に現場に行けるよう使い捨ての転移魔道具まで用意してある。



(準備は万端。で一瞬ヤツの魔法を封じ、その隙に仕留める…!)



 それは『魔法封じマジックシール』に該当するアイテムの一つ。


 粉状で、散布することで大気中の魔力の流れを乱す効果を持つ。

 風に流されたり、効果範囲が狭かったりで使い勝手が悪いうえ、産出量が少ない。


 しかし、室内ではそれなりの効果を発揮する。特に、魔力を用いて大気中に遠距離攻撃を出現させる、という戦い方が主体のワズガルには相性が良い。


 なお、これと前述の魔道具の購入や、今作戦の準備によって、レナートの貯蓄のほとんどは吹っ飛んでいる。



 隠し部屋の前に到着する。後ろの部下たちに目配せをし、深呼吸をして、ドアを叩いた。



「…………………」



 返事がない。もう一度ドアを叩く。



「………………………!」



 まさか、と思い至ったレナートは叫ぶ。



「エルザ! 中は!!」


「はい! 今──」



 広範囲の魔力感知を得意とするエルザが、即座に中の様子を確認する。



「──!? いっ、いません! 反応がない!」


「──チィッ!!」



 舌打ちをし、ドアを破って中に入る。


 誰もいない。しかし、つい先ほどまで誰かがいた気配がある。



「なんで…、さっきまで間違いなく…」



 エルザが力なくつぶやく。

 レナートは部屋を見回し、隅の方に、布を被せられた何か大きなものがあるのを見つける。

 

 中を確認しようと布を取り払うと、1.5メートルほどの高さを持つ魔道具が姿を現した。

 上には、長方形に引き伸ばされたガラスのようなものが付けられている。もしこの場に式隆や日奈美がいたなら、きっとこう思っただろう。「まるでスクリーンのようだ」と。



「マジかよ…。こりゃあ遠見の魔道具だ」


「それって…」


「めっちゃ高いで有名なアレですか?」



 『遠見の魔道具』。それはその名の通り、『遠見の魔法』という遠距離を観測可能な魔法を組み込んだものである。

 生産はメルエス帝国が独占しており、絶対生産量も非常に少ない。

 その貴重さ故、メルエス帝国は外交手段や、国家間の友好の証にも利用していると聞く。


 なぜワズガルがこれを持っているのか。

 思い当たる節は──



「あの腐れ貴族め…。ここまでやるか…!」


「でも確かこれって、見るための端末が必要ですよね?」


「…『蛇の目』の誰かに持たせていたんだろう。おそらくリーダーの『暗刃のクルト』だな」


「ボス!これを見てください!」



 部下の一人が持ってきたものを見て、レナートは即座に状況を理解した。

 なぜならそれが、自分が持っているものと同じだったからだ。



「現場付近へ転移したのか…!」



 油断した。


 基本、ワズガルに物品を卸す役目を負っていたのはレナートだ。

 そこまで高頻度なわけではなかったが、ワズガルが物を欲したときは、言われるがままに全て用意してきた。ゆえに、ワズガルの手札を把握できていたつもりだったのだ。



(こっちの目を潜り抜けて帝国からも仕入れていたのか。数年程度では完全に信用されはしなかったということだな)



 おそらく『蛇の目』の旗色が悪くなったか、こちらにとっては最善の結果である“全滅”を成しえたのだろう。それを魔道具で観測し、自らが出張ることを決めたのだ。


 ワズガルは即座に方針を固め、部下を集める。



「これから僕はワズガルを追って転移する。この魔道具なら皆で行けるが、一人で行く。君たちは拠点にて待機だ」


「我々も行きます!」


「ダメだ。君たちは屋内で、用意した計画通りに事を運べて初めてヤツと戦える。向こうの状況がどうなっているか分からない以上、君たちを連れていくわけにはいかない」


「でもそれは……ボスも、同じでしょう!?」



 その言葉に、レナートは自嘲気味に笑う。



「まったくもってその通りだ」


「なら──」


「だが!」



 語気を強くし、思いを吐露する。



「これは僕が立案した計画だ。よって、僕には負うべき責任がある」


「しかし…!」


「無論、自殺行為が責任を取ることになるとは考えていないさ。状況に合わせた適切な行動を取るつもりだ。……それでも、直接やり合うことになれば、生存は難しいだろうが」


「ならば我々も共に行き、少しでもその生存確率を上げます!」


「ヤツが得意なのは広範囲攻撃だ。頭数は意味を持たん。そして──」



 一息ついて、自分の中で最も大きい理由を告げる。



「──何より僕は、君たちには死んでほしくはない。部下に死ねとは言いたくない。エゴで申し訳ないがね。だから、これは命令だ。従え」


「──ッ!」



 言いたいことを言い終えたレナートは、皆に背を向け、魔道具を起動した。


















「──英雄気取りか。実にくだらん」



 手に持った30センチほどの杖を振りつつ、ワズガルは言う。



「黙れよ犯罪者。テメェこそ、自分がもうほぼ詰んでる事実を理解してんのか?」



 兎にも角にも時間を稼ごう、と考え、肩の痛みで脂汗をかきながら式隆は言葉をひねり出す。



「ほお?」


「テメェこれまで姿を隠して暗躍(笑)してきたらしいじゃねぇか。どんな犯罪犯したのかは知らねぇし興味もねぇ。が、騒ぎを起こせば、尻尾掴まれて捜査されてブタ箱行き一直線だろ? こっちはテメェの雇った連中のリーダーも確保してっからな。証拠揃い踏みってワケだ」



 せせら笑いながら式隆は言う。



「なるほどなるほど。確かにその通りかもしれんな」


(…余裕が崩れない。何か手があるのか?)



 クツクツと笑いながらそう話すワズガルを不気味に思いながらも、式隆は続ける。



「だから諦めて逃げ出せや。今ならまだ間に合うかもしれんぜ?」



 笑いながら聞いていたワズガルは、その言葉を聞き不思議そうな顔をした。



「逃げ出す? 私がこれからお前を殺し、逃げ出した連中に追いつき、あの少女以外を皆殺しにして姿をくらませば良いだけだろう」


「……へぇ、出来んのかよ」



 ジリジリと。


 空気が張り詰めるのを肌で感じつつ、式隆は問う。



「当然だ。──あぁそうだ。そういえば」



 思い出したような口振りで、ワズガルは言った。






「負けるつもりはない、だったか?


 ──勝てるとでも? 不愉快極まるぞ小僧」






 空気が変わる。


 それを感じ取り、遠距離攻撃の手段がない式隆は距離を詰めようと足を踏み出した。が──






 次の瞬間、腹に強烈な一撃を受け、すさまじい勢いで背後に吹き飛んだ。


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