夕闇の戦い(4):End …?
カァン!!
(クッソ…! そろそろ品切れ近いだろ!? いい加減にしろよそれよぉ!!)
もう何度目か。
攻撃の合間に差し込まれるナイフの投擲をどうにか弾いて、式隆は内心で悪態をつく。
状況は敵の優勢だ。
攻撃や速度には付いていけるが、いかんせん飛び道具が厄介極まる。
ほぼノーモーションから、当たれば間違いなく身体の自由を奪う位置に正確に飛ばしてくる。
そのせいで、ずっと後手に回ってしまっているのだ。だが──
(頻度が落ちてる…! 枯渇してきたな)
おそらくだが、最後まで飛び道具を切らす真似はしないはずだ。
攪乱にも決定打にもなり得る要素を、考えなしに使い切るはずはない。
強化した目を凝らしてもギリギリ懐が見えない。そういった隠し方一つ取っても、上手いと感じざるを得ない。
長期戦になったら集中力が切れてジリ貧になる。
ゆえにこちらから仕掛けねばならない。
(まずは均衡を崩す。あと三…いや、二回飛び道具を凌いだら、その瞬間に…!)
そう覚悟を決め、牽制のために距離を詰めた。
(仕留めきれない…。飛び道具では牽制にしかならないか…!)
一方のクルトだが、こちらも食い下がる式隆に苦戦を強いられていると感じていた。
(…あのグローブ、かなり質の良い魔道具だな。見たところ『
距離を詰めてきた式隆の拳を避け、飛びのく。
そのまま空中で左脛目掛けてナイフを放つが、素早いステップで躱される。
『
役割は、その名が示す通りの「体表強化」である。
身体強化を行う際には、二つの魔法を並行して行わなければならない。
機能の底上げとしての内部の強化と、機能の上昇によって攻撃、あるいは防御時に増す衝撃から肉体表面を守る強化である。なお、表面の強化は魔力をまとわせる形になるので、結果的に攻撃力・防御力の更なる上昇にもつながる。
『体表強化装甲』は、その体表の強化を魔力を流すだけで発動させることができ、装着している者の身体強化時の負担を、大幅に減らしてくれる代物なのである。
それは式隆も例外ではなく、これのおかげで戦闘に割ける意識を大幅に増やせていた。
なお、式隆の付けているグローブ型は、軽さと頑丈さを両立させており、『体表強化装甲』の中でもかなりの上等品にあたる。
そして、式隆の戦闘スタイルを見て感じるところが一つ。
(コイツ、私と戦い方がよく似ている)
動きを防御に費やしつつ、合間にヒット&アウェイで攻撃も差し込んでくる。自分と同様に対人に慣れている動きだ。しかも──
(身体強化の精度が高い。一撃でも貰えばダメージが響いて、一気に詰められて負ける…!)
クルトは驚愕していた。
情報収集は
今回の作戦はごく少数のものしか知らないという点から、襲撃してきた者たちの当たりは付いているが、連中がこんな戦力をどこから用意してきたのかがさっぱり分からない。
手際から考えて、この襲撃は周到に練られた計画だ。
そんな計画であるにもかかわらず、未だ援護が来ないことを鑑みるに、この男を超える戦力はいないのだろう。
だが、目の前の男がまだ手札を隠している可能性もあるし、仮に勝利しても、消耗した状態で目標確保を行おうとすれば、まだ背後に控えているであろう有象無象に敗北する可能性がある。
必然、考えるのは──
(…早期決着。念のため、アレを見せていなかったのは正解だったな)
見せた相手は全員仕留めている、知る者はいないクルトの切り札。
数度の打ち合いの末に押し負けて弾き飛ばされつつ、どう使うかを考えながら、追撃阻止のためにナイフを放つ。
その瞬間だった。
眼前の男の魔力が膨れ上がり、体内の魔力循環の速度も急加速する。
飛ばしたナイフを左手で弾きながら、こちらを見据える。
右手を腰のあたりで構えて、引き絞り──
地面をえぐる勢いで、蹴った。
(──ここでか! だが──)
一気に距離を詰めてくる式隆に、ナイフを放る。
あたかも、苦し紛れの抵抗に見えるように。
実際、式隆もそのように捉え、再び左手で弾こうとした。が──
空中で回るナイフが、突如あり得ない軌道を描いた。
ただ緩やかにこちらに飛んでくるだけだったそれが、左手を躱すように放物線を描き、勢いを増しながら──
式隆の右肩に、深々と突き刺さった。
(──
突然の激痛に一瞬怯む。が、歯を食いしばって堪え、そのまま右手を打ち込もうとし──
ナイフが刺さった肩口から先に、魔力が流せなくなっていることに気付く。
(循環を阻害されたのか!? まずい──)
このまま打ち込んでも仕留められない。
むしろ、この一撃を受け切られた後のカウンターで、逆にやられる。
既に敵は、右拳を受け止めるべく、左手を体の前に横向きにかざしている。
その左手で威力の落ちた一撃を受け止め、右手に持ったナイフでカウンターを決めるつもりだろう。
この攻撃は、入らない。
しかし、打ち込んだ拳はもう止められない。速度が落ちたことでコースも読み切られ、このままでは相手の左腕、手首の少し手前に当たるだろう。
このままでは、負ける。
否、死ぬ。
視界の端で、眼前の男が嗤ったのが見えた。
──と、そこで式隆は、一つの活路を見出す。
危なかった──が、勝った。
ギリギリの攻防を制したクルトはほくそ笑む。
投擲したものの軌道を、一定の範囲内で操る力。
一見大したことなさそうな能力に見えるが、対人戦においては強力無比な力を発揮する。
状況が極まっていればいるほどに、戦闘に与える影響は大きくなる。
事実、クルトはこの技能を持って、数多の激戦を制してきた。
習得に至るまで五年を要したが、ここぞという場面の奥の手には充分な手札となっている。
クルトはこれを用いて、一時的に魔力の流れを遮断できる位置を貫いたのである。
(ここまで追い詰められたのは久しぶりだ。敬意を表そう、名もなき戦士よ──。さらばだ)
右手にナイフを握りしめ、左手を襲うであろう衝撃を待つ。
が、衝撃はなかった。代わりに──
左手を、親指を握りこまれる形で、掴まれた。
問題はない。振り払えば──
瞬間、そのまま手首を、手のひらを自分の方に向くようひねり上げられ、押し込まれる。
(────ッ!?)
身体が、引っ張られるようにのけ反った。
咄嗟に右手のナイフを振るうが、のけ反った姿勢では刃がギリギリ届かず、頬を掠めただけだった。
混乱によりクルトの意識に生じた、一瞬の空白。
式隆は、その空白に差し込むように、右膝の裏に蹴りを入れ、体勢を崩す。そして──
「──っ死ィ、ぬっ、なよっっっ!!!」
満身の力を込めて、通りに放り投げた。
二人が戦っていた場所は、五階ほどある建物の屋上である。
高さにして、およそ15メートル。
クルトは咄嗟に全力で身体強化を使うが、姿勢が安定しないまま、身体を地面に叩きつけられれば──
いかに身体強化を使おうと、無事では済まない。
一瞬の浮遊感の後。
身体を襲った強烈な衝撃によって、クルトは意識を手放した。
「────式隆さん!!」
「うぇーい、勝ったでーー」
建物からヘナヘナと笑いながら出てきた式隆に、日奈美が駆け寄る。
「っ! ひどい、肩が…!」
「なはは。まぁ無事では済まなかったけど…」
あの土壇場で、咄嗟にあんな動きができた自分を褒めてやりたい、と式隆は思う。
同時に、一つの成果を手に入れた。身体強化を施した相手にも、人体の摂理はしっかり通用することが分かったのだ。
(変な中断耐性とかないのが分かったのはラッキーだった。棚ぼたってヤツだね)
心配する日奈美を制しつつ、式隆はクルトの方に近寄る。
既にリト達が縛り上げ、拘束していた。
どうやらまだ意識を失っているらしい。
式隆は彼らに声をかける。
「皆さんお疲れさまです。ケガとか大丈夫っすか?」
「あなたがそれを言いますか?」
呆れたようにリトが言う。しかし、すぐに顔をほころばせた。
「こちらは皆大丈夫です。ご心配ありがとうございます。──シキタカさんも、本当にお疲れさまでした」
「やー、マジ疲れましたよー」
「ボスたちの方も終わっているでしょう。ひとまず我々の拠点に戻り、今後の方針を改めましょう。傷の治療もそこで」
「助かります」
そうして。
皆で和気あいあいと話をしながら歩き出す。が──
すっかり暗くなり、街灯が夜道を照らす中で。
進行方向のど真ん中に、誰かが立っていた。
最初に気が付いたのは、日奈美だった。
自分は、この男を見たことがある。
どこで?
この世界に来て、すぐに捕えられて。
連れて行かれた先で、最初に会った男。
レナートに聞かされたことがフラッシュバックする。
『君を品定めするように見ていた、あの痩せた男。アイツこそ──』
男は、ゆっくりと手に持つ杖のようなものをこちらに向け。
『──今回の、君を奪還せんとする作戦の首謀者、ワズガル。かつて魔法士・戦士の両ギルドで蒼灰級に至った、恐ろしく強力な魔法士だ』
瞬間、魔力が爆発的に吹き荒れた。
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