レナート・ストロス(3):Planning
「あなたは──私を、オークションに出した…!」
「そうだ。二日も経たずの再開だな、『二ホン』君」
僕を見た瞬間に、少女は隠しきれない嫌悪を露わにして食って掛かってきた。
オークションに出される前とは打って変わっての反応に、やはり捕まっていた時は意図した無反応だったことを知る。
僕が話をしに来ただけと伝えると、少女はより一層視線を強めた。が、青年が言った。
「良いぜ、聞いてやる。とっとと話せ」
「式隆さん!?」
確かに話をしに来ただけという言葉に嘘はないが、あっさりと認められて面食らう。何より驚いたのが──
(魔力感知。それも視覚外にまでとは…)
本人は付け焼刃だと話すが、視界の外に及ぶレベルのものは並ではない。
(相当のやり手か。だがやはり迂闊だな)
それがどれほどの技術であるのか、手札の重要性を理解していない。
切れ者のようだが、どうにもちぐはぐな印象を受ける。
僕は早速、今日の迂闊な行動を咎めたが、鼻で笑われて相手にされなかった。
「俺も、この子自身も、狙われているのは分かっていた。だがオマエの言う通り状況を知らん。連中の目的やらなんやら、何もかもな。それなら釣って確かめるしかないだろう?」
言いたいことは分かる。だが、やはり相手がどんな連中かを知っている僕の視点からだと、迂闊だと言いたくなってしまう。しかし、ここでそれを話してもイタチごっこにしかならないだろう。
「良いだろう。確かに君の言うことにも一理ある」
「は? 百里あるわ上から目線でしゃべんな」
「当たり強いな君」
「あのなぁ…」
青年は苛立ちを隠そうともせずに、言った。
「俺にはこの子が必要だ。そこだけは絶対に譲れない」
「そう思う相手を明らかにカタギじゃない奴らに狙われてんだぞ? んでオマエは口振りからしてそことの繋がりもあんだろ。故にこそのこの態度だ。分かれ」
言葉ににじむ執着が、どこからくるものなのかは分からない。だが──
良いヤツに拾われたな、と。
僕は素直にそう思った。
そして気付く。
こんな風に誰かが、誰かのために感情を露わにするのを見るのは、いつぶりだろう。
帝都でまっとうに奴隷商をしていた時は、日々多くの感謝を受け取っていた。
奴隷を不当に扱う者達に対して目の前の彼のように憤りをあらわにしていた、かつての自分の姿が見えたような気がした。
(…助けてやりたいなぁ)
場当たり的で、愚かだと思われるかもしれない。
それでも、これ以上自分に嘘はつきたくない。
そして、僕は覚悟を決めた。
「──その子を狙う連中を根絶やしにする」
「全てを投げ打ってでも連中を絶やす。
──いい加減、僕もこの泥沼から抜け出さねばな」
青年はミカミシキタカと名乗った。
僕が急に態度を変えたにも関わらず、彼はすぐに勝算を聞いてきた。
切り替えるのが非常に上手いのだろう。
その後、再三にわたる話し合いによって、連中を潰す算段を立てた。
作戦はこうだ。
まず僕が少女──ニフジヒナミを見つけたとワズガルに報告し、街はずれに連れと共に向かうことが分かった、と場所と時間を伝える。
そうすればワズガルは必ず、確実に彼女を捕えられるように『蛇の目』を動員するだろう。
そうしておびき出した『蛇の目』のメンバーを迎撃し、彼女を守りつつ時間を稼いでいる間に、本命の黒幕であるワズガルを無力化する。
ワズガルさえ確保できれば、『蛇の目』は雇われているだけなので、雇い主と運命を共にするような真似はしないだろう。即座に離脱という選択を取るはずだ。
ワズガルは、その忠誠心の高さゆえ非常に用心深い。自身の失敗が主にとっての損失につながると理解しているからだ。
ゆえに、決して自分がニフジヒナミの確保に直接動くことはない。これは『蛇の目』の実力に全幅の信頼を置いていることからも確実だ。
「そんな実力者たちを足止めって…正直荷が重いんだけど」
「彼らは奇襲や不意打ち、闇討ちや誘拐を、綿密な計画を立てて行うことで最大限の力を発揮する。正面戦闘に極端に強いヤツはいない。今回こちらは、彼らの動きを完全に先読みして潰す戦い方をするから、君の考えるような状況にはならんよ」
「いや、先読みっても限度はあるだろ? どこに潜んで、どう動くとかが分からなけりゃ──」
「僕は彼らともそれなりの交友を築いていてね。彼らの作戦構築の仕方や思考は大体分かる」
無論、万一その矛先が自分に向いたときのための保険だ。
それを教えるから大丈夫、とシキタカに伝えると、彼はドン引きの顔をし「信用しちゃいけないタイプの糸目だ」などとよく分からないことを言っていた。
僕の役目はワズガルへの襲撃・制圧だ。
これまでずっと従順だった僕には彼の居場所が分かる。
気付かれないよう陰で集め、訓練を施した部下たちの助けを借りて、確実にことを成す。
強敵だが、手は用意してある。
『蛇の目』迎撃は、僕の部下7人とシキタカが担当だ。
シキタカは最後まで外部組織の助けを借りようと言い続けていたが、ワズガルは情報網にも余念がない。万が一の露見は避けたかったので、最終的には脅す形でその案を却下した。
随分昔に引退したとはいえ、シキタカが、かつて名を馳せた冒険者であるあのデールを相手取れるならば、実力的には申し分ない。
そして、計画実行は、ワズガルに時間を与えないためにも早い方が良い、ということで三日後に決まった。
──結局最後まで、僕の態度の変化の理由やバックボーンについて、聞かれることはなかった。
「…なぁ、どうして僕を信用するんだい? コレが罠だとは考えないのか?」
宿屋を後にするとき、思わず尋ねた。
「こう見えて、人を見る目はあるつもり。嘘かホントかを見極める目もな」
身に着けた経緯は不本意なモンだけど、と付け加えながらシキタカは言う。
そして振り返り、背後のヒナミに声をかけた。
「違法に売り飛ばされたんだし、一発殴っとけば?」
その言葉には納得しかない。
これまで散々違法に取引しておいて今更だが、協力するにあたり、せめてものけじめは必要だろう。
「僕は構わない」
「…分かりました」
そう言うと彼女は、何故か僕の後ろに回り込み──
「いっっっっっっってぇ!?」
背中を思いっきりぶっ叩いた。
「顔にケガさせたら訝しまれそうだし」
「おぉさすが」
グーサインを出しながらシキタカが言う。
そしてヒナミがこちらに向き直り、僕に頭を下げた。
「あなたのことは嫌いです。そこはそんな簡単には変わりません。けど、結果的にとはいえ、彼に出会わせてくれて、ありがとうございます」
すっかり暗くなった夜道を歩く。
失敗すれば、間違いなく命はないだろう。
それでも──
「やっぱり僕は、誰かに感謝されるのが好きだ」
やけに晴れ晴れとした、気分の良い感覚を覚えてしまうのだった。
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