夕闇の戦い(1)


「シキタカさん、ですね? 初めまして。迎撃作戦の指揮担当、リトです」


「これはどうも。ミカミシキタカです。よろしく」



 作戦開始二時間前。シキタカは、レナートに派遣されてきた7人と顔を合わせていた。

 なお、日奈美は今宿屋で寝ている。魔力感知に肝要なのは集中力なので、作戦前にできるだけ英気を養ってもらうためである。



「早速ですが、これを頭に叩き込んでください。作戦領域の周辺地図に、敵の配置の予想を書き込んだものになります。あなたには『蛇の目』構成員の配置が最も多い北側を担当していただきたい」


「ひぇ、責任重大っすね」


「あなたは我々の誰よりも能力が高い。申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いします」



 どうしても買い被られている感覚が抜けない。


【ここは、元居た世界よりもよほど危険と隣り合わせで、周りの人々はその環境を当たり前としている】という事実がそう認識させているのだろう。


 しかし、覚悟は決めてきた。



「──はい。任せてください」


「ありがとうございます。作戦内容ですが、あなたには是非自由に行動していただきたい」



 そう言って、リトは地図を見ながら話す。



「見ての通り、北側には街の出口があります。連中は出口近くでターゲットを拉致し、街を離脱。そのままヒナミ譲を街の外に連れ去るつもりでしょう。彼女が出口付近にたどり着くまでに、できるだけ多くの構成員を無力化していただきたい。出来ますか?」


「全滅させるつもりで動きます」


「あなたには、出口向き視点で右側の建物を担当してもらいます。左側にはこちらから、連携に優れた二人を出します」


「分かりました」



 と、そこで式隆はある懸念点に気付き、指摘する。



「しかし、出口付近に配置されていない構成員は、動くターゲットの様子を北側に伝え、包囲網を絞る役目があるように見える。あなた方が彼らを制圧してしまえば、怪しまれる可能性があるのでは?」


「彼らは通信用の魔道具を使いますが、所持しているのは北側と南側それぞれの統率役のみ。直接連絡を取れるのはその二人だけです。そして、彼ら以外の構成員は、それぞれの統率役に懐中魔灯を利用して状況を伝えます」


「魔灯。……あぁ電灯か。それで?」


「時間は夕方、ちょうど夜との境目の時刻です。明暗が変化する時刻は、目が光量の変化に慣れるために敏感になる。ゆえに彼らは目立つのを懸念して、魔灯での状況報告を最小にとどめます。具体的には5分に一回です」


「…徹底ぶりヤバいですね」


「ええ、本当に。彼らほど入念に作戦を遂行する連中を私は知りません。上手くいけば法外な成功報酬が貰えることも、その徹底ぶりに拍車をかけているようです」


「なるほど。つまりこの作戦は…」


「──はい。連絡が止まる最初の5分間が勝負の、電撃戦です」



 その5分間の間に、どれだけの数を気付かれずに制圧できるか。

 減らした分だけ気付かれた後の戦闘が楽になる、ということか。



「ヒナミ譲の警護は、私が担当します」


「分かりました。人払いは?」


「怪しまれないギリギリの範囲ですが、済ませています」


「オッケーです。んじゃ皆さん、配置に付きますか」



 式隆はリト以外の6人にそう声をかけ、彼らは一様にうなずいた。


 深呼吸を一つして、リトに向き直る。



「ではリトさん、作戦中は日奈美を、よろしくお願いします」


「──はい。お傍でしっかりとお守りします」


















「──ふぅ。よし」



 『蛇の目』構成員の一人、ガマは、魔灯を利用しての連絡を終えて一息つく。

 ターゲットの少女は現在、行動を共にしているらしい男と路地裏を抜け、街の門に通ずる広い通りに出たようだ。



(しかし、ここまで徹底する必要あるかね?)



 目標は、ボンボンに買われたらしいだけのただの奴隷。邪魔をするような敵勢力の影もない。


 そんな任務に、24人いる構成員の全てを使う必要があるのだろうか。


 無論、報酬が破格であるという点が大きいのだろうが、雇い主であるあの魔法士崩れが欲する人材がよく分からない。彼にとっては重要なのだろうが、その理由を話さないうえに、本当に何の変哲もない少女にしか見えないらしいので、とても胡散臭い。



(いつもより人通りも大分少ない。余裕だなコレは)



 そんなわけで、彼はこれをただの楽な仕事としか認識していなかった。


 様々な難しい依頼をこなしてきた自負も、その認識に拍車をかける。



 ゆえに──



 気付くのが、遅れた。



「──ッ!?」



 背後に、それもすぐ真後ろに、気配。


 この距離では飛びのいても捕捉される。


 そう判断して、いつでも取り出せるように袖口に忍ばせているナイフを掴み、振り向きざまに突き刺そうとした。


 しかし、最後まで降りぬく前に、手首と肘の間に鈍い感触。

 受け止められた、と認識した瞬間に手首を掴まれ、捻り落されてナイフが手を離れる。


 まったく抗えずに膝を付かされた。


 そして次の瞬間、顔に走る衝撃と痛みを最後に、ガマは意識を落とした。






「まず一つ」



 膝蹴りで男の顔面を打ち抜いた式隆は、低くつぶやいた。


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