レナート・ストロス


 僕は敗北者だ。


 かつての僕は、アレリヤ大陸中央部に位置する大国、メルエス帝国の帝都エスフィアで、国家公認の奴隷商を営んでいた。


 質の良い奴隷の入荷と適正な価格の販売で、自分で言うのもなんだが、帝都内で最も信用を得ている奴隷商だった自負がある。


 奴隷とは資産だ。労働力としてはもちろん、容姿に優れた奴隷が、高貴な者と愛を育み結婚することだってある。

 奴隷である人々を最高の状態で売り込むこと、そして人に価値を付けるというのはとても難しいことではあったが、どうやら自分には才があった。


 事業を拡大し、貴族や王室とのコネクションも得て、すべては順調だった。


 しかし、それも長くは続かなかった。


 奴隷商としての誇りと信念を持ち、清廉潔白な商売を心がけていたが、それを快く思わなかった者達がいた。他の奴隷商たちだ。

 彼らは、表向きはきちんと規則に則っているように見せかけていたが、裏では数々の違法行為を行っていた。そして、そこに加わらず成果を上げ続ける僕が邪魔だったのだろう。


 彼らは結託し、自分たちと利益を取り分けるという条件でいくつかの貴族の協力を得て、自分たちの違法行為をすべて僕に押し付けた。


 僕は法廷で必死に戦ったが、周到に準備を重ねていた彼らに及ばず、有罪判決を下された。


 押し付けられた罪は、本来であれば極刑は免れないほどだったが、僕を陥れた貴族の中でも最大の出世頭だったガザード伯爵が減刑を申し出た。


 最終的な判決は懲役10年、そして釈放後の国外追放となった。この形式で追放された者は、大陸内での犯罪者の中でも評価が最悪のブラックリストに登録される。本来であれば二度と奴隷商など出来ないはずだった。


 しかし、僕が服役中に侯爵の地位へと上がったガザードが、僕を違法奴隷商人に仕立て上げようとした。


 目的は、全国各地からあらゆる手段を行使して奴隷を集めることらしかった。


 僕は、死ぬかガザードに飼われるかという二択を迫られた。


 10年前の監獄に収監される前の僕であれば、間違いなく死を選んだだろう。だが、監獄での生活を経て、僕はしがらみのない穏やかな生活に憧れるようになっていた。そして、10年間ガザードの奴隷商として働く契約を交わした。


 かつての信念より、自分の幸福を優先したのだ。


 その後、僕にはご丁寧に監視がつけられた。ガザード子飼いの、元戦士ギルド蒼灰級魔法士、ワズガル。かつて犯罪を犯したらしい、痩せた薄気味の悪い男だった。

 さらに「蛇の目」という犯罪者集団を雇ってその魔法士の下に就かせた。


 僕は自分の身を守るため、集めた奴隷の中から優秀な者を何人か部下として迎え入れた。


 僕はもう、性根が腐った人間だ。自分のことだけを考えよう。


 そう自分に言い聞かせ、日々を無気力に過ごし続けた。



 そんな時だった。転機が訪れたのは。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る