猶予
「うぅ…明日筋肉痛ひっどいぞコレ…」
「目がシパシパします…目薬欲しい…」
訓練後、外で夕食を終えて、宿屋の部屋にて二人はぼやいていた。
「…進捗どうよ?」
「触れたものならなんとか感知できるようになりましたが、『視る』っていうのが全然…。そっちはどうです?」
「ん~、多分順調だと思う。発動は普通に出来るようになった。けど動きながらがね…」
式隆は日奈美に、視界に入るモノの魔力を捉えられるようになってほしかった。計画の決行時刻は夕方。長引けば夜にまでもつれ込む。ゆえに、五感以外に敵を察知できる手段があれば保険になるからだ。
「そういえば、式隆さんは魔力感知できるんですよね? ストロスに話してましたし、ダヴィドさんも言ってました。なんかコツとかありますか?」
「…俺のはその、うん、多分参考にはできない、かなァー…」
なんでできるのか分かんねーし、と、言葉が尻すぼみになる。
魔力感知は、式隆が戦士ギルドにて最初に教えを乞うた技術だ。
大体3時間ほどの訓練で出来るようになってしまったので、苦労らしい苦労の感覚が分からないのである。
何故だか自身の内の魔力を感じ取るまでもなく出来てしまったので、魔力に直接触れる感覚を味わったのは今日が初めて(のハズ)である。
なお、魔力感知の際も案の定「やったことあるだろ」と言われた。
知らないんだって本当に。
「そうなんですか。うーんどうすればいいんだろ」
最後の言葉は聞こえなかったらしい。
二人であーとかうーとか言いながら今日の出来事を思い返していると、突然日奈美が何かに気付いたように式隆に聞いた。
「そういえばお金ってどうしてるんですか?」
「バイト頑張ったからね。それ使ってる」
「いやでも…こっち来て一か月とちょっとですよね? 日常生活分ならまだしも、その……私を買った時のお金って…」
「あー…それ? えっと、最初にお世話になってた街で一発当てた? ってゆーか?」
嘘である。実は、ルソの街にて最後の一週間を金策に励んだ式隆は、『人殺し』の遺骸がある場所に足を運び、「きっと金になる」と、そこに落ちていた毛皮ととある物を拾ってきていたのである。
オークション参加の前日、万が一を考えて持っていた毛皮の半分を売ってみたところ、目ン玉飛び出る価格で売れた。タイミング的に言えば英断だったといえよう。
そういえばまだ話していなかったな、と気付いた式隆は、『人殺し』を討伐した事実は伏せたうえで、自分がどうやら身に覚えのない魔法が使えることをかいつまんで説明した。
なお『人殺し』の件は、もう少し色々と整理したうえで話したいと考えている。
「じゃあ今練習してる身体強化…なんなら魔力感知も?」
「うん。使い慣れてるって言われた。特に身体強化は本来難しい魔法らしい」
「つまり…過去に何かあって、本当に記憶をなくしてるって可能性が…?」
「あるかもね。まぁそうだとしたら矛盾だらけだけど。主に時系列的に」
「…怖くないですか、それ?」
「ぶっちゃけ超怖い」
そう。怖いのである。身に覚えのない技術が扱えることなぞ、恐怖以外の何物でもない。体への影響とかもさっぱりなので、今もおっかなびっくり使っている。
「けど理由分からないし、慣れちゃえば何とかなるって考えることにしてるよ」
「ポジティブですね。羨ましいです──って違う違う」
話が逸れていることに気付いた日奈美は慌てて軌道修正を図る。
「あの、私自分を買ってもらった分はお金返そうと思ってます。いくらでしたっけ? 単位とかも教えてください」
「気にしないで良いのに」
「気にします! 教えてください」
式隆はため息をつき、後悔すんなよと前置きをして話す。
「単位はレリアとモル。100モル=1レリアだから、ドルとセントの考え方でいいよ。んで俺が日奈美を買ったのが100万レリアだな」
「100…万、れりあ…」
「日本円換算で分かりやすく1レリア=1ドル=100円と仮定すると…」
「いちおくぅぅ!!??」
夜の宿屋に、日奈美の絶叫が響き渡った。
その後、時間は瞬く間に過ぎた。
いよいよ決行日。
限られた時間の中で、できることはすべてやった。
ダヴィドに選別として貸してもらった、肘まであるグローブ型の魔道具を装着し、宿を出る。
人生初となる、命を懸けた戦いの幕が、上がる。
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