空、【危機一髪】

たっきゅん

第1話 空、

 この空の下に俺の想い人がいる。


「勝手に死ぬんじゃねーよ。……まだお前から返事をもらってねーだろ」


 この空の下に俺の想い人がいた。に変わるまであと数時間だ。


「シュウ君、ありがとね。ナツちゃんもキミのこと……」

「千秋、それ以上はダメだよ」


 母親である千秋さんが夏美の気持ちを代弁しようとするのを、夫である正則さんが制した。


「最後に顔を見てやってくれないか?」

「……そうね。そうしてもらえるとあの子も……きっと嬉しいわ」

「千秋さん、正則さん……、夏美の訃報、心よりお悔やみ申し上げます」


 俺は頭を下げてから棺へと向かう。


「フユカ、シュウ君にもお姉ちゃんの顔を見せてあげて」


 妹の冬佳が夏美から一向に離れないからだろうか。引き離す口実に俺を使いたかった側面もあるように感じた。


「フユ、ナツは死んだんだ……。けど、お前の中のアイツはどんな顔をしてるんだ? 俺の心の中では馬鹿みたいに笑ってるぞ」


 俺は母親を5年前に失っている。その時の喪失感は忘れられないが、それでも前を向いて生きていけたのはナツや、ナツの家族がいたからだ。


『シュウくん、私からかける言葉はないけど、これだけは伝えておくね。シュウくんのお母さんは私の心の中では笑ってるよ。たぶん、私に心配かけたくないんじゃないかな? シュウくんの中のお母さんはどう?』


 恨み辛みを抱いて死んだわけではなく、不慮の事故、本人も死んだことすらわからないような状況ならきっと俺たちの中で笑っているだろう。とナツはその後に言っていた。


「シュウにぃ。ごめん、……そうだよね。お姉ちゃんならきっと笑ってる。うん、私の中で笑い続けるよね……」


 ユフの中で折り合いが付くのはまだ先だと思うが今はそれで十分だと思った。


「きれいな顔して眠ってやがる。お前ってほんと、黙ってれば美人だよな」


 ピクッと一瞬動いた気がした。が、恐らくは俺の幻覚。ただ、もしも生きていたら目を開けてほしいという願いがそう錯覚させたのだろう。


「フユもそうなるとお前と同じかそれ以上の美人になるのか?」


 普段は活発なフユのことを思うと、そのギャップにやられる男が星の数ほど出てくるような気がした。


「告白の返事、返してもらってねーけどよ。独りよがりだろーがこれだけは伝えておくよ」


 今から俺は過去の女を引きづる〝呪い〟を自分にかける。


「……愛してるよ」




 トクンッ


――――――



 火葬場へと到着し、棺の中の夏美と本当に最後の別れがやってくる。


「……もうすぐ空へと還ってしまうのね」


 千秋さんは空を眺めて呟いた。人が燃えた後に残るのは遺骨だけ、もうその人の面影はなく、写真でも見なければ徐々に記憶からも薄れていってしまう。それはどんなに親しい間柄だろうと起こる現象で、母親の時に俺は思い知った。


「では……」


 カタッ


 棺が火葬炉に入る直前、確かに物音を聞いた。


「待ってください! 今動きませんでしたか!?」


 俺は慌てて止めると、いつものことだといった表情をされながらも一度棺を外に戻し確認することになった。





 棺の中のナツは小さくだが確かに呼吸をしており、髪の毛がそれに合わせて僅かだが動いていた。




――――――



「ねぇ、今度は好きだとか軽い言葉で済まさない、ちゃんとした告白してくれるよね?」

「それほとんどプロポーズじゃね?」


 数か月後―――、同じ空の下、俺たちは今生の別れとなるような場面での危機一髪を乗り越えて観覧車に乗っている。


「愛してるって確かに聞こえたんだけどな~」


 失って気付くような大切な感情は、ギリギリまでわからないものなのかもしれない。



 ―完―

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