第13話 作戦会議

 笛音が森林に響き渡る中、薔薇は高速で思考を回転させる。

 住人に自ら笛の音で位置を知らせている。これで、フォニーが敵であることはほぼ確定しただろう。

 問題はこの先の対処だ。フォニーがこの行動を取ったという事は、当然彼は薔薇と巨像の敵になる。ここに住人が集まるまでの間に、フォニーを殺さなければならない。

 幸いフォニーただ一人であれば簡単だ。「贋作フォニーフォニイ・フォニー」の強みはその周到さにある。実力で言えば「薔薇と巨像ローゼ・マンス」の方が高い。しかし、フォニー自身も馬鹿ではない。薔薇と巨像相手に実力で勝てない等ということはよく分かっている筈だ。

 そう、彼の強みは周到さ。だとすると、彼には何らかの策がある。それは恐らく待ち伏せだ。場所を知らせるだけなら浜辺で笛を吹けばいい。それでもこうして森の奥まで入ったのは、この付近に伏兵がいるのだろう。

 となると数的優位は取られている。地形も知らない、地の利もだ。となるとここで取るべき行動は一時的な撤退、それ一択。


「木偶! 逃げる……――――」


 叫ぶ薔薇も、頷く巨像も、笛の音を聞いてその行動を止めた。

 けたたましく鳴り響くその笛の音色は、よく聞くような耳を劈く笛の音ではない。まるで、鳥の鳴き声のような音だったのだから。

 笛を吹き終えたフォニーが、悪戯っぽい笑みをニヤニヤと浮かべながら薔薇を見下ろす。


「ふふっ、わぁたしが裏切ったと思いましたぁ??」

「はぁ……鳥笛ね」


 翼の羽ばたきの音が激しく鳴り響く。鳥が集まってきたようだ。

 鳥笛は、鳥の囀りを模すことの出来る笛だ。古くから狩猟に際し用いられ、吹くことで鳥を集めることが出来る。

 味方を呼ぶなら普通の笛でいい。わざわざ鳥笛を用いたのは、事前に示し合わせた協力者以外の住人に悟らせない為だろう。


「先に言いなさいよ。もう少しで殺してたわよ」

「おぉやおや怖いですねぇえ? ん安心してくださぁあいぃ。私は貴女方と争う気はございませんのでっ」


 その言葉は、軽そうな彼の言葉の中でも唯一本心に聞こえた。

 持ってきた食糧で一服しながら、協力者とやらを待つ。食事は保存の利く干し肉と黒パンだ。

 普段の丁寧な言葉遣いからは一変、それぞれを豪快に齧るフォニー。このような時でもパンや干し肉を一口サイズに千切るなど、所作に高い品位が見える薔薇。そして巨像は。


「そぉういえば気になっていたんですがっ、巨像様はどのように召し上がるのでぇえ?」

「企業機密よ」


 背を向ける巨像に、フォニーは終始興味津々な眼を向けていた。

 食事の最中、薔薇が突如猫のように素早く振り向く。

 何も無い森林の風景。フォニーはその様子に首を傾げるが、彼女の鋭い感覚は確かにその方向で茂みが揺れる音を感じ取った。

 一分も経たずして、その方向から人影が現れる。


「おう、待たせたな贋作フォニイ


 現れたのは初老の男だ。白い髭は剃り残しが目立ち、服はこの近郊の伝統的な衣装。右手にはマスケット銃を携えている。

 知り合いのようだが、とても強そうには見えない。


「アンタがフォニーの仲間?」

「仲間? 馬鹿言うな。俺はマスクウェル、ウェルでいい。こいつと組んでるのはただの業務提携だ。第一、こんな信用できない奴の仲間になれる訳無いだろ」

「それもそうね」

「……同感」

「あぁあ!! 心外ですっ!!」


 食事を終え、三人の輪に加わるとウェルは懐から取り出した古い紙を四人の真ん中に広げる。この島の地図だ。

 楕円を描くような島だ。北に長いその島の、全体から見て南東側に大きい方の山。その比較的標高の高い位置に城塞がある。小さい島は中央西。ここにも城塞自体はあるようだ。

 その二つの山に守られた島南西に、村のような図が描かれている。


「俺たちが今いるのがここ」


 ウェルは島の北東の浜辺を指差した。


「ここが村……と言うより、ここで流刑者仲良く暮らしてる。ここが城塞跡。今はあのベイオフ一党の根城だ」

「あら、すぐ見つかったわね」


 島の南西には島民が暮らす場所。そしてベイオフの根城は大きい山の城塞にあるという。

 前回の仕事である天上の道導ディペンデントは、その頭目の居場所の特定に苦労した。しかし今回はその場所が判明している。

 場所さえ分かっていれば、後は殺せばいいだけの話。この広い島の中を探すよりも、有象無象を狩る方が圧倒的に楽だ。


「ただし」


 ウェルが語気を強める。


「山の北から西にかけては切り立った崖になってる。とてもじゃないが、登れない」

「西から南にかけては?」

「同じくだ」

「……となると」


 巨像の言葉に、四人は目を合わせる。

 ベイオフの下に行くには、彼がノコノコ三人の前に飛び出してこない限り当然彼の根城に乗り込む必要がある。そしてその城塞に潜り込むには、山を登る必要がある。そして山を登るには。


「それって、城塞行くために山上るために村に行く必要があるってこと?」

「そぉうなりますねぇえ」


 薔薇の言う通りだった。

 ベイオフを狩る為には、砦に行かねばならない。砦に行くには、山を登らねばならない。そして山を登るには、賞金稼ぎを目の敵にしているかもしれないこの島の島民、彼らに接触するリスクが極めて高い道を通る必要があるということ。


「面倒になって来たわね……。プランはあるの?」

「サッと忍び込んでぇえ、ササッとぉ山を登る。んんーこれ以外無いでしょう」

「……リスキーだな」


 流石の薔薇も流刑に処された正確な数を頭に入れている訳では無い。ただ、少なくはない数だろう。

 無論彼らが揃って銃を装備していたとしても、碌な実戦経験も無い流刑者であればこれ程の三人が集まっている限り蹂躙も叶うだろう。ただ、問題はその後だ。

 ベイオフの根城は城塞。島民と仲が良くとも悪くとも、どちらにせよ彼らに起こった異変にはすぐ気付くだろう。もし三人の襲撃に気付かれれば未知のルートで逃走される可能性があり、そうなれば目的は叶わない。

 狩りの最中と言う体だったというウェルに別れを告げ、三人もここを発つ準備を進める。


「ほんとにルートはこれしか無い訳?」

「……無いな」

「無いですねぇえ、強ぃいて言うなら西の山の崖側を通って行けるかもですよぉお? どうしますっ?」

「却下、行くわよ」


 草を踏み分け、掻き分け、獣道を進む。

 行軍と言う程大規模ではない、強いて言うならハイキングだ。歩き慣れている三人は、森を突き抜けすぐに山と山の間、その入り口に辿り着く。

 大蛇が大口を開けているとも知らずに、三人は舌の先に触れていた。

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