第12話 贋作フォニー
「海賊ゥ?」
酒場にて、葡萄のジュースの入ったグラスを片手に薔薇はオウム返しにした。
机の隣には巨像が何も飲まず、何も食べずに座っている。そして薔薇の向こうには、深緑の髪の男が一人。
「えぇえ、こうしてはぁぁるばる会いに来たのは、こちらの方を討伐したいからでしてねぇえ」
差し出された手配書を薔薇は受け取る。
顎髭を貯えた貫禄のある男だ。懸賞金の額面金額は、
名前はベイオフ・ローザント。頻繁な海賊行為で指名手配されているらしい。その配下も、何人かは懸賞金が掛けられている。
「……」
薔薇は名前を睨む。ベイオフ・ローザント。何処か聞き覚えのある響きだった。
「……わざわざ私達まで雇うってことは、何かコイツを狩るとアンタに利益がある訳?」
「えぇ勿論! モチのロンでございまっすぅ!」
「気持ちの悪い分け方しないで頂戴」
手を揉みながら嬉々として語るフォニーに対し、薔薇は不機嫌そうにグラスの中の葡萄ジュースを流し込むと、皿の上のサラミを一口に頬張った。
「私ぃ、その近くに故郷がございましてねぇえ。もぉし襲われでもしようものならと考えるとっ、私涙が止まらないのですぅう! およよよよ……」
「チッ」
「今舌打ちしました?」
「してない。それだけじゃなさそうだけど、まぁいいわ。取り分は?」
「八割でどぉうでしょうか??」
予想外、その言葉が薔薇の表情に出た。
フォニーは通り名の通り、口八丁で人を騙し金を巻き上げる利己主義者。取り分が減るからと言って、単独で活動していることからもそのことがよく分かる。
それが、八割の報酬を譲るというのだ。
本来賞金稼ぎが手を組むことは珍しくない。ただ、揉めぬように報酬は均等に山分けにするのが暗黙のルールだ。それを破ってまで、彼はベイオフを殺したいのだろう。
つまり、彼はベイオフを殺す事でこの懸賞金の三割以上の利益を得ることが出来る。という訳だ。
「……乗ったわ。いいわね?」
「……あぁ」
フォニーは金以上の目的の為に、薔薇と巨像はその依頼を受けて。そうして、三人は行動を共にすることになったのだ。
場面は戻って船へ。フォニーが単眼鏡で進路の先を確認していた。
「そぉろそろ見えてきましたよぉ!」
結局巨像を気遣い、気を紛らわせる為に会話をしていた薔薇が巨像の側を離れ、呼ばれるがままフォニーの下へ。単眼鏡を奪うように受け取り接眼レンズと見つめ合う。
確かに、前方にぼんやりだが島影が見える。先程まで水平線が続くばかりだったこの海の先に。
「あれが例のコルセカ島?」
もうしばらく近付くの、島の全貌がよく見えた。
一つの大きな山と、もう一つ小さな山で構成された島だ。大きな山の頂上には、巨大な城塞も見える。
王国外洋、コルセカ島。緑豊かな島で、王国では元来流刑地として扱われてきた小さな島だ。王都から見て南西。帝国から見ても南西にあたる。
曰く、ベイオフは王国や帝国、その他各国と貿易する商船を襲い金品食糧を強奪しているという。その上彼らは神出鬼没。現れたと思えば、あっという間に護衛を制圧。物資を強奪し、煙のようにどこかに消える。
各国は対処しようとも、各地の港で彼らの船が止まったという目撃情報も一切無く、足取りを追う事さえ難しい。だからこそこうして懸賞金が掛けられ、最終的な対処は薔薇や贋作のような賞金首に任されている。という訳だ。
「えぇ! 数日前ぇ、そぉの方向に消えていく怪しい船を仲間が見ぃつけましてねぇえ」
「驚いたわ。アンタ仲間って概念知ってたのね」
「私は今は貴女方の事も仲間だと思っていますよぉお??」
「黙って。だからここに目星を付けたのね。まぁ確かに、目が届きにくい場所ではあるけど」
コルセカは流刑地だ。流刑に処された犯罪者や、その末裔が暮らしている場所である。対してベイオフを探しているのは警察や軍。ベイオフ捜索のために警察や兵士が踏み入れば、どういった扱いを受けるかは想像に難くない。
まず間違いなく妨害を受ける。捜査に非協力的なだけならまだいい。危害を加えられれば大事まで発展する。
その上、同じ犯罪者と言う立場を鑑みればこの島の住人はベイオフを庇う行動に出るだろう。いくら狭い島とは言え、島民全員に匿われては探しようがない。
「着いたらどうするの?」
「まぁずは協力者を探します!」
「今日は驚きの連続ね。まさかアンタに協力する人間がいるなんて」
「私の事を何だと? 事ぃ前に潜入させていた者がおりますゆぅえ。そぉの者を探しましょう」
そうして暫く。遂には、三人を乗せた船がコルシカの岸辺に辿り着いた。
浜に留めるまでの間、薔薇は注意深く周囲を観察する。報酬に釣られるようにして依頼を受けた薔薇だが、彼女の脳内はそこまで短絡的ではない。裏社会は、裏切りの連続である。
考え得る最悪のケースは、もしフォニーがベイオフと協力関係にあった場合。
その場合は、この島全体が敵地。住民全員が敵だ。観察と情報を得ることを怠る程、警戒心は薄くない。幸い薔薇は遠目が利く。
半ば崩れかけた石塔。見張りはいないことから、今は使われていない施設らしい。森は深い。動物の姿は見えないが、所々に獣道が見える。いないという事は無いだろう。漂流物が浜辺に打ち上がっている。瓶、網、流木。使えるものはなさそうだ。
そうしている間に、小さな帆船は浜辺に上陸した。
「どぉうでしたかぁあ?? 船旅はっ!」
「いちいち声が大きい同行者が最悪って事以外は悪くなかったわ」
「……もう御免だ」
「ははっ! でぇえは案内します!」
フォニーの案内に従い、三人は森の中に入って行く。
植生はロヴィアの森林地帯とは随分と違う。虫や、鳥の種類もだ。ただ、背の高い茂みがあるという事は、彼らにとってこれ以上無い好条件の森であることを示していた。
人の痕跡はまるでない。無人島と言われ放ここにり出されても、容易く信じてしまうだろう。代わりに、至る所に動物の痕跡はある訳だが。
「ねぇ、ほんとに協力者ってのはいるの?」
「もぉちろん! そぉぉおろそろいいですかねぇえ??」
「あ? 何が……――――」
数十分程歩いたところで、先行するフォニーが止まった。
焦げた倒木が目に映る。恐らくは、この倒木により森に形作られた
薔薇が訝し気な眼でフォニーの様子を窺う中、彼が取り出したのは一つの小さな木片だ。
よく見ると、規則的に穴が空けられている。恐らくは笛なのだろう。嫌な予感を薔薇は感じ取る。
「まさか、吹かないでしょうねそれ」
このような敵地の真ん中で、笛を吹くなんて自殺にも等しい行為だ。
この場は流刑地。そして薔薇たちは犯罪者を狩る存在。デフォルトの状態で、賞金稼ぎに対する印象は最悪だろう。その上で上陸を自ら報せれば、顰蹙を買うのは目に見えている。
もしかすると、住人全員が敵に転ずるかも知れない。そうなれば、薔薇が想像した通りの最悪のケースだ。
だが、思考を巡らす薔薇にフォニーはとびきりの笑顔を見せる。
「そのまぁ、さぁ、かです」
思い切り息を吸うと、フォニーはその息の全てを笛に吹き入れた。
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