第2話 詰所のユーク
「御機嫌ようユーク」
詰所のドアが、人ならざるものによって開かれる。
鈍い音を立てて転がる幾つもの首。扉を開いたのは、正確には彼女等によって狩られた賞金首の首級だった。
碧眼に銀髪の少女が、首を蹴り飛ばしながら詰所へと踏み入る。まるで実家にでも帰ったかのような乱暴な態度で。
「狩って来たわ。換金して頂戴」
「薔薇か……いい加減、首で投げ開けるのは勘弁して欲しいな」
面倒そうにそう零すのは、机に向かい合っていた一人の兵士。名をユーク。軽めの甲冑に身を包んだ茶髪でくたびれた顔の男だ。
厭悪されるべき賞金稼ぎという職業の者が、唯一表社会と繋がる場所。さながら、裏社会の窓口である。
「あら、詰所の扉の設計に問題があるんじゃないかしら。私のこの身長じゃどう頑張っても届かないのよ? あの木偶は大きすぎてそもそも門を潜れないのだから、私が行くしか無いでしょう? だったら私がこうやって開けるのは仕方ないと思わないかしら。大体何よ、扉を開けるのに作法も何も関係無いでしょう? どこかには何回ノックしてからとか、まずは自分が入って扉を開けたままにするとか色々あるとは聞くけど、大体扉なんて入れれば同じなんだからそんなの関係無いでしょう? というかそもそも、私がこれで投げ開けるのなんて本当は感謝して欲しいくらいなのよ? だってここに来たのが次の首の情報を求めてなのか、首を交換しに来たのかが一目で分かるでしょう? 思考のリソースの無駄を省けるなんて、これ以上無い程喜ばしい事だと思わないかしら。何の用でここに来たのかっていう会話の時間を省いてあげてるのよ? 私も貴方も忙しいんだからこれ以上――――」
「あー分かった分かった! 懸賞金な!? 今用意してくるから待ってろ!」
彼女の長い語りに割り込むようにしてユークは強引に会話を終わらせ、転がっている五つ程の首を拾い上げ、詰所の奥へと消えていく。
薔薇と呼ばれる少女や、虚像と呼ばれる大男。そして、騎士であるユークらが住まうこの王国、それがあるこの大陸の各国では、基本的に殺人は違法行為として知られている。
犯せば、一部の例外を除き死罪。断頭台に掛けられ、首と胴が別れを告げるのだ。
しかし、その例外と言うのが、殺した相手が各国で手配され、懸賞金の懸かった凶悪な犯罪者だった場合である。
少女は薔薇。巨像と呼ばれる大男と組む、二人一組の賞金稼ぎだ。
薔薇が足を一定間隔で鳴らしながら待っていると、硬貨が入った革袋を片手に現れたユークが現れる。
「あ、言い忘れてたけど、次の賞金首の情報もくれるかしら。ここから一番近くでの情報で頼むわ」
「情報料は金貨二枚だ」
「そこから引いて頂戴」
「了解」
携えた革袋に手を突っ込み、何枚かを抜き取り隊服のポケットに入れる。そして、革袋を薔薇に投げ渡すと、詰所の椅子に腰を落とし再び机と向かい合う。
キャッチした袋を腰元のベルトに掛け、ユークの隣に立ち背伸びをしながら机上を覗く。広げられているのは、羊皮紙に描かれたこの王国の地図だった。
「いいか、今いる場所から南西に五ヘルサングほど先に森があんだろ?」
「ロヴィアの森ね」
「そう、そこにな、数年前に野盗に占拠された村があんだが――――」
「その盗賊退治?」
「最後まで聞け。どうやらそこの持ち主が変わったらしくてな、今は表向きは製鉄所。その実は国際的な麻薬カルテルが製造拠点にしてるらしい。知らねぇか?
その組織名には、薔薇も聞き覚えがあった。
王国の裏社会で密かに流行っている麻薬の一つである。
「賞金が懸かってるのはその頭目デルガーと、
背伸びをやめ、受け取った丸められた紙を広げる。
凡夫が見れば目が飛び出るよな懸賞金の額と共に描かれる、丁寧な似顔絵。内訳は、女が一人に男が三人。
「そんな重要人物が本当にいるのかしら? そこまで巨大な組織のリーダーだったら、地下に潜ってそうだけれど」
「まぁそうなんだが、斥候が言うには、どうやらここ最近兵士の巡回が頻度が跳ね上がったらしい。人も多くなってる」
「……確実では無いのね」
「あぁ。ただこの内の一人はいるだろうと思われる。って感じだな。この三人さえ排除しちまえば、天上の道導は勝手に瓦解するだろ」
薔薇は「そう簡単に行くかしらね……」と呟きながら、手配書を再び丸め紐で留め、パンツのポケットに無理やりねじ込む。
「ま、いいわ。私は賞金首を狩るだけだしね」
「それでいい。今この近くで可能性がある賞金首はこれくらいだ。北方にも一人いるらしいが、どうする?」
「割りに合わないわ。北方って、ドルコー山脈の所でしょ? 昨日酒場で聞いたわ。あそこ有り得ないくらい寒いのよ。いいユーク、いいこと教えてあげるわ。女の子はね、寒さと色男に弱いのよ。それなのにたった一人って、割に合わないにも程があるわ。あそこに行くのにどれだけ装備を整えると思っているの? 悪魔祓いでもした方が遥かにマシだわ」
「はいはい。いいから帰ってくれ。早く寝たいんだ俺は」
言われるがままに反転し、薔薇は詰所の扉を意味も無く蹴り開けた。
時刻は早朝。すでに茜色が紺の空に差し掛かり、綺麗なグラデーションを描いている。先は
あと数時間もすれば街はすぐに明るくなるだろう。
薔薇は詰所の敷地内であることを示す門をくぐり、立ち塞がる壁に視線を向ける。薔薇の事を門の外で待っていた巨像だ。
言葉も無く手を差し伸べてきたそれに、彼女は同じように言葉も交わさず掌に腰を落とした。
「南西、ロヴィアの森よ。そこに麻薬カルテルの要人がいるかも知れないらしいわ。次はそこを叩くわよ」
「……そうか」
二人の間に、それ以上の言葉は必要無いらしい。
巨像の掌の上で優雅に足を組みながら、薔薇は巨像の防護服のポケットを漁り、幾重にも折り畳まれた地図を広げる。
「場所は廃村。表向きは製鉄所。一般人の立ち入りは禁止されてる。まぁ、私たちが普通に入っても追い出されるのが筋ね。何なら顔が知られてたら先手を打たれるわ。残念ながら私たち、名が知れてるもの」
「……誰のせいだと」
「アぁンタのせいでしょ!! 街歩いててどっちが目立つと思ってんのよ!! アンタのせいで私が人形だと思われたの、私忘れてないからね!! はぁーもぉー!!」
巨像の体躯も勿論だが、薔薇のお喋りも有名だという事は薔薇は知らない。
彼女は頭を掻き
つらつらとペンを走らせながら、真剣な面持ちで薔薇は地図とメモ用紙に交互に視線を向ける。
「まずは情報ね。小さな村だけど、放棄されたのは多分私が生まれるより前よ。奴らが建築した大規模な建築物があるかもしれないわ。村の原型は残ってないと考えるのが妥当よね」
「……歳知らん」
「レディの歳を勘繰らないで頂戴!! てか、本来ならアンタは知ってる立場の筈でしょ? 忘れたの?
「……あぁ」
「はぁ、もういいわ。木偶、何も考えずにキッドのとこに行きなさい!!」
巨像の掌の上で薔薇が喚きながら、朝焼けが差し込んできた街の中に消えていく。
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