薔薇と巨像の首稼ぎ
朽木真文
薔薇と巨像 編
第1話 薔薇と巨像
緊張が迸る。敵襲だ。洞窟に潜伏してしばらく、遂に彼らを狩る狩人がその居場所を突き止めたのだ。
男は洞窟の奥へ、さらに奥へと松明を片手に走っていく。
敵の正体はなんだ。
国の軍隊か。いや、軍隊ならばあんな歪な二人組が訪れる筈がない。同じ理由によって警察も、この首に懸かった懸賞金を狙う一般人であることも弾かれる。よって、あの二人の正体はただ一つ。
聞いたことがある。懸賞金が懸かった犯罪者を追うことで生計を立てる、頭のおかしい連中がいるということを。
通称、
ある者は舌が五枚ある。偽物の名画を、張りぼての豪邸を、ガラス製の宝石を。保身の為に人を騙し、自らを騙す。そんな、嘘で人生を塗り固めた人間がいると。
ある者は古今東西あらゆる毒虫を従えている。その美貌に中てられた者に、文字通りの毒牙を突き立てる。そんな美しい女がいると。
ある者は正義の執行者を名乗る者たち。弱きを助け、強きを挫くを理念に、世の賞金首を断罪する正義の代理人。そんな集団がいると。
そしてあの二人も、それらと同じ。
「っ!」
振り返ったその瞬間、洞窟の入り口の方から爆音が響き渡った
あんな場所から撃って届く筈がない。洞窟の道はまるでとぐろを巻いた大蛇のように入り組んでいる。その上、途中には分かれ道もあるのだ。
だが、その希望的観測の通りにはいかない。
何度か岩壁を削ったかのような音が響いたと思えば、気付けば鋭い痛みが男の太腿を貫通していた。
熱傷を負ったかのような熱が、傷口から全身に広がっていく。
焼けるように熱い。ぬらりとした液体の感覚が腿を伝い、靴に溜まる。それが自分の血液だと認識するには、少しの秒数を要した。
気付けば、男は倒れていた。もう歩けない。足が思うように動かないのだ。まるで冷え固まった鉄でも纏っているかのように、何一つ男の脳の指令を受け取らない。
足音が二つ分、男の下に近づいてくる。
軽い足音と重い足音。計二つが、まるで鎌を携える死神のようにゆっくりと。
聞いたことがある。それは、賞金稼ぎの二人組。
方や、まるで山のような大男。銃弾も貫通せず、刃も弾き返す。黒い防護服に身を包んだそれは、まるで死の化身と見紛う程の無類の強さを誇ると。
もう片方は、幼い少女。四丁の銃とナイフを巧みに扱い、一度撃てば必ず当てる。例え遮蔽に隠れていても、遠く離れていても、箱の中に隠れようとも。彼女の目から、銃口から、逃れる術はないと。
「あら? 外した?」
「……珍しいな」
「岩壁って難しいのよ。変に曲がるときあるし」
まるで友達のような雑談を交わしながら、二つの影が男を見下ろしていた。
噂通りの大男と少女。賞金稼ぎ一の武力を持つとも名高い、気高き狩人。
獲物を前に長く語ることもない。そして少女は、銃口を男の頭に向けた。
◆~~~~~◆
「こいつで最後?」
あどけない少女の声が、洞窟の中にこだまする。
焦げ茶色のホットパンツに、すらりと伸びた太腿。地肌に巻かれたホルスターには、
華麗なガンプレイと共にホルスターに銃を収め、少女は溜息を漏らした。
白いブラウスに黒のベスト。頭から羽織るフード付きの黒いマントにも同様、べったりと真紅の血がこびり付いている。ただ、僅かな膨らみの上に輝く薔薇を模した黄金の
顔立ちは端正。その矮躯に見合った幼さを残し、それでいて
「ねぇ、聞いてるの? これで最後って訊いてるんだけど!?」
松明を片手に持つ彼女は苛立ちを露わにしつつ、地面に転がる物体を足蹴にする。しかし、それはただのボールではない。
その正体は、人間の首。苦悶の表情を浮かべ、脳天に綺麗な風穴を備えた一人の男の首だった。
彼女の足元に転がっているのは、それだけではない。
この洞窟の闇に紛れるように、黒いマントを羽織った男の肉体。首から上は寂しく、綺麗な断面で断たれている。その下にまるで絨毯のように広がる真紅には、少女のブーツも浸っていた。
そう、そこで死に絶えた男の、血だまりに。
勢いよく蹴られた首級は何度か地面を転がり、跳ねまわり、その先にいた一人の男の脚に当たり止まった。
「……商品を粗末に扱うな」
「アンタが返事しないからでしょー!? 敵はもういないのか、これで終わりかって聞いてんのよ! 全く、余計なことを喋らせないで頂戴。疲れるのよ。大体ね、いつもアンタは言葉が足りないの! 分かる!? 報告、連絡、相談! いい!? 仕事で大事なのはこの三つよ!? それをアンタは何よ『……索敵に行く』だとか『上』だとか言葉が足りないのよ。いや分かるわよ、確かに喋るのは面倒だわ。でも会話ってのは意思疎通の為にあるものであって、伝わらなければ意味が無いのよ!? それをいつもいつも自分勝手に終わらせないで頂戴!」
「……面倒そうには見えない」
溜息を吐きながら、男が少女に向き直る。
山のような男だ。その体躯は、少女三人分を縦に並べて漸く足りるかと言ったもの。
真っ黒な防護服のようなその装備には、様々な道具が備え付けられている。鍵開けの道具から、聖水、刃に塗る毒。簡易的な爆弾に、投げナイフまで。全てを黒い鉄で覆ったその防護服は、どのような刃も通さないだろう。
フードのようになっている防護服と、白いマスクのせいで顔や髪すらも彼は外界に晒していない。その様はまさに、動く甲冑のような無生物的な不気味さがあると言える。
背中には、一刀で馬も両断出来るような巨大な片刃の剣。血で濡れたそれこそ、少女の足元に転がる男に、首と胴の別れを強制させたものだった。
「……もういない。それで最後だ」
「先に言いなさいよ全く。じゃあさっさと首届けてご飯食べるわよ。あぁ嘘、お風呂にも入りたいわ。見てよこれ、アンタがさっさと頸斬っちゃうから返り血で私までびちょびちょのべとべとよ? 勘弁して頂戴。私血を浴びる趣味は無いのよ?」
「……知ってる」
天井に頭をぶつけぬように、上体を前傾させ歩み寄って来た男は少女に手を広げて差し出す。
巨大な手は、少女の頭程度であれば人差し指と親指で摘まめてしまうだろう。そんな手の上に少女は座ると、男は少女を運びながら洞窟の来た道を戻り始める。
聖王歴五百六十三年。後世の歴史家は言う。この年代は、ある仕事を生業とする者の最盛期であったと。
溢れかえる犯罪者への対処として、王国はその頸に賞金を懸けた。それこそ、一般家庭が数年は遊んで暮らせるほどの、莫大な額を。当然民衆は血眼になって犯罪者を追い始める。ある者は新聞に情報をリークし、ある者は武器を片手に。
しかし、相手も人間。只の獣ではない。次第に犯罪者自体も力を付け始め、賞金目当てに襲い掛かる民衆に抵抗し始めたのだった。
懸賞金はその桁を増やしていく。対して、犯罪者を狙う者は少なくなっていく。まるでふるいにかけられていくように段々と、犯罪者を追う者はただの農夫から腕自慢へと、腕自慢から、その道のプロフェッショナルへと。
「さむ……まだ夜ご飯あるかしら」
「……もうすぐ朝」
「ハァ!? 先に言いなさいよこのクソ木偶! 急ぐわよ! ほら!」
少女と大男も、賞金首狩りのプロフェッショナル、その内の一人。通称『
二人は、プロの
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