第5話 私だけのヒロイン
朝5時。寝ぼけている頭をなんとか叩き起こし、顔を洗い、寝癖を直してマンションの入り口まで降りる。
「さむ……」
ようやく春に入り、昼間は暖かくなってきたかと思ったのだが、朝はまだまだ冷えている。
とりあえずいつものように近くの自動販売機まで行き、暖かいコーヒーを買う。最初は苦手だったコーヒーも飲んでいるうちに段々慣れてきた。
2口くらい飲んだ後でスマホで時間を確認する。何事もなければそろそろなはずだ。浮かれてソワソワする動きを止めるように近くの塀に腰かける。マンションの駐車場から仕事に向かう車が出ていくのを眺めながら私はのんびり過ごしていた。
「…………やっときた」
4口目を飲んでいる最中、遠くから人が走ってくるのが目に入る。その人に気づかれないように目を反らし、ポケットに手を突っ込んで偶然を装う。
「………ふっ…ふっ……………あ!」
私の存在に気づいたその子は走っているスピードを更に上げて近寄ってくる。
「おっはよう!マキちゃん!!」
「うるさ………おはよ、優花」
まだ朝も早いというのに既にフルスロットルの女の子は、そのまま私の隣で立ち止まり、手持ちの水を飲み始めた。
「…………っぷはぁ!!おいしい!!!」
「さようで」
さっきまで肌寒かったのが嘘かのように、体が熱くなる。しばらく走っていたのが分かるくらいにはその女の子からポカポカが伝わってくる。
その後はしばらく他愛もない話をしていた。だけどその間も女の子は柔軟をしながら体を冷やさないようにしていた。
「にしても……いい匂いだねぇ……スンスン」
「こら嗅ぐな」
「疲れた体に染みるよ~……スンスンスン」
私は嫌がる素振りを見せながらも、拒否はしない。そのために早起きしてこんな苦いモノを飲めるようになったのだから。
「ん~……………よし!補充完了!」
「はいはい……頑張ってきな」
「うん!じゃあまた学校でね!」
私がコーヒーを飲み終わる頃、女の子は満天の笑顔で再び走り出した。バカみたいな夢の為にここまで頑張れるあの子には尊敬すら覚える。
後ろ姿を最後まで見届けた後、私は体が冷える前に家に戻る。
週に一度、ただこれだけの為に早起きして、大して好きでもないコーヒーを飲む。
学校では完璧なアイドルだと思われている女の子。最も本人にそんな気は全くないのだが、それを知っているのは私だけ。
私だけが知っているあの子の努力。私だけが知っているあの子の夢。
そんな独占欲にも似た感情を抱きつつ、今日も今日とて負け惜しみを呟く。
「……とっとと負けてこいバカ」
あの子は自分の物語が始まったとか喜んでいたが、私の物語はまだ………先の話なのだ。
私の夢は「負けヒロイン」です! 鉄分 @CA1_4
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