黒ひげと賞金稼ぎの運だめし

ほのなえ

運試しをしよう

「おーい、そこの旦那、助けてくれよお!」


 うららかな午後のとある砂浜。椰子やしの木の下で、賞金稼ぎを生業なりわいとしている男が、うとうと居眠りをしておりました。

 すると海の方から聞こえてきた大きな声に起こされ、「賞金稼ぎ」は目を覚まします。


 声のした方を見ると、広い海の上に大きな樽がどんぶらこっこと浮いていて、その上からまん丸い形をした、人の頭と思われるものがひょっこりと出ているではありませんか。


 それは波に運ばれ、どんどんとこちらに近づいてきます。そうして樽はあっという間に波打ち際の方までたどり着き、波に揺られてゆらゆらその辺りを漂っておりました。


 賞金稼ぎは立ち上がると、手をかざして目を凝らし、それをよくよく見てみます。その丸い頭の主は、頭にバンダナ、左目には黒い眼帯。そして口の周りをぐるりと一周した、特徴的な黒ひげを生やしておりました。


(ははーん、あの出で立ち、海賊の……おそらく下っ端ってとこだなァ?)

 賞金稼ぎは黒ひげ男の風貌から、そう判断します。

(さてはあの黒ひげ海賊野郎、敵の海賊にでも捕まったか、自分の海賊団から追放されたな。海賊には樽の中で手足や体を縛ったまま海に流し、そいつの運命は海に委ねるって、そんな罰し方もあるそうだからな)


 賞金稼ぎは、さてどうするべきかと考えます。

(海賊なんかを助ける義理はねぇし、海賊なら罪人として、ここいらの国の海軍にでも引き渡せばカネになる。居眠りしてただけなのに突然、カネが降ってきたようなもんだ。今日の俺はツイてるとも言えるが……おんや?)


 賞金稼ぎは樽の中にいる男、「黒ひげ」の顔をじっと見つめます。そして、黒ひげの顔や頭に巻いているバンダナが全く水に濡れていないことに気が付き、目玉をまん丸にして驚きます。

(こりゃあたまげた。どこから来たのか知らねぇがあの野郎、一度も波をかぶることなく、あの状態のままここまでやってきたってのか? 確かに今日のここいらの海は珍しいことに、これ以上にないってくらい穏やかだ。こりゃあ、ツイてるのは俺よか、あいつの方なんじゃ……)


「おおい旦那。聞こえてんだろ、あんたのことだよ」


 黒ひげが、必死な様子でこちらに向かって呼びかけます。賞金稼ぎはまん丸くした目をすっと細め、黒ひげをきっ、と睨んでみせます。

「そんな大声出さなくても聞こえているよ。だが見たところ、あんた海賊だろ。海賊を助ける義理なんてこっちにゃ、これっぽっちもないね」


 それを聞いた黒ひげは、さあっと顔を青くして叫びます。

「そ、そんな。おねげぇですから助けてくだせぇ! これじゃあこのまま樽ん中で飢え死にか、海軍にでも見つかって牢にぶち込まれるか、ここいらの海にいるって噂のでっかいサメの餌食にでもなっちまう!」


 必死に頼み込む黒ひげですが、賞金稼ぎは耳を貸そうとはしません。

「そんなこた知らねぇよ。海賊としてこれまで散々悪行働いてたんだろうし、自業自得ってものだろう?」

 それを聞いた黒ひげは、ぶんぶんと勢いよく首を横に振ります。

「いいえ、決して! おいら海賊歴も短けぇし、これまで甲板の掃除ぐれぇしかしたことねぇ、船で一番の下っ端で……大した悪行なんて働いちゃいねえですよ! 樽で流される羽目になったのだって、入った海賊団のあまりに残虐な略奪のやり方に、新入りのくせに思わず意見しちまったからで……」


 その言葉に、賞金稼ぎは眉をぴくりと動かします。

「ほう、それで樽の中に入れられて海賊団から追放されて、今に至るってわけか。で、お前さんはだから許してくれ、とでもいう腹積もりってわけなのかい?」

「そ、そりゃあ、あんたからすれば、良い海賊なんてそんなものはいない、って言いてぇんでしょうが」

 黒ひげはしょぼくれた様子で少しだけうつむきますが、やがて勢いよく顔を上げ、めげずにお願いを続けます。

「頼みますよお! 助けてくれたらあんたのために、何でもしますから!」

「ふむ……そうだな。そこまで言うのなら……」

 賞金稼ぎはあごをさすりながら、丸顔だけをひょっこりと出し、樽の中に収まっている黒ひげをじろじろと眺めまわします。


 そうしてしばらくした後、賞金稼ぎは何やら閃いた様子で、にんまりと笑います。

「じゃ、俺がたった今考えついた、ちょいと面白い遊びに付き合ってもらおうか」

 黒ひげはぽかんとした様子で口を開いたまま、賞金稼ぎを見つめます。

「へえ。遊び……ですかい?」

「ああ。ここ最近、どうも暇でね。何というか、心が高ぶるようなことが全くないんだよ」

「……はあ。それくらいならお安い御用ですが……じゃ、おいらは一体何をすれば?」


 黒ひげは不思議そうに首をかしげます。そんな黒ひげの乗った樽を、賞金稼ぎはむんずと掴んで引き寄せ、砂浜にどっかと置くと、黒ひげに顔を近づけます。

「俺は、人一倍賭け事には目がなくてね。俺が一番興奮するのは、にもかくにも運試しの瞬間だ。だから、運の良いお前さんが、果たしてどれくらいの幸運を持っているのか、この目で見てみたい」

「はあ。おいら、運が……良いんですかい?」

「ああ。そんなちんけな樽で、この砂浜まで無事辿り着いた時点で、俺はそうだと思うが?」

「………………」


 黒ひげは賞金稼ぎをしばしの間じっと見つめた後、ゆっくりと頷きます。

「わかりやした。その遊びとやらをすれば、おいらを樽ん中から助け出してくれるってことなら……さっさとやりやしょう」

「おお、そいつは嬉しいね。じゃ、早速準備に取り掛かろうじゃないか」

 そう言うや否や、賞金稼ぎは嬉々とした様子で、自分の荷物を漁りだしました。


 その背中に向かって、砂浜の上に置かれた樽の中から顔を出した黒ひげが尋ねます。


「で、その遊びっていうのは、一体どんな遊びなんですかい?」


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