第22話 申し訳ないとは思っているけど、善意の心配なんです!


「このっ、黙って聞いていれば無礼なメイドが……!」


 騎士様は怒りで顔を真っ赤にして、全身をわなわなと震わせながら低い声で唸る。すごく怒っている。

 しかし手は相変わらず口元を覆っているので、一応私の言葉を気にしているらしい。怒りの感情を燃え上がらせているのは間違いないのだけれど、顔を赤くしている要因の何割かは羞恥も含まれているかもしれない。なんだかさすがに申し訳ない。


 しかし……これは善意なので許してほしい!信じてもらえないかもしれないけど!


 とにもかくにも、どうにか怒りをおさめてもらいたいところ。どうすればいいか猛スピードで考えを巡らせていると、突然強い風が私の横を吹き抜ける。

 わわ!目が!目が!開けていられない!


「ステラ!」

「ええっ!?」


 風が止むと同時に最近よく聞きなれた声が聞こえて、思わず瞑った目を開けると、目の前にシルヴァン様が立っていた。


 怪我はないか!?と私の肩を掴み全身を確認されるけれど、いつの間に現れたんですか!?私が目をつむったの、ほんの一瞬だったと思うんですけど!?


「君が騎士に絡まれていると聞いて、風魔法で急いで飛んできたんだ。怪我はしていないようでよかった……」


 ホッと安堵の息をつくシルヴァン様。なるほど、さっきの突風はシルヴァン様の風魔法だったんですね!文字通り飛んできたらしい。


 飛ぶのって、楽しいんだよね。私も飛行種の魔物と交戦するときに飛ぶときがあるけれど、あれはくせになる。

 マーファス家にいた頃はいろいろと余裕がなかったので戦闘時にくらいしか飛んだことはないけれど、そのうち時間が出来たらただ楽しむためだけに空を飛びたいところだ。


 それにしてもあれほどの突風で、こんなにも瞬時に移動するということはかなり強力な魔法のはず。これほど強い風が吹くのだから、周囲を巻き込み、調度品を吹き飛ばしてしまったり、壁を破壊したり、窓を割って回っていてもおかしくない。それなのにみたところ王城内に被害は一切ないようだ。


 つまり、威力を出すのと同時に繊細な魔力制御をもって完璧にコントロールしているということ……!

 その証拠に私は突風を感じたのに、少し離れているだけのアンジェリカ様は前髪ひとつ乱れていない。


 シルヴァン様、素敵です!さすが魔術師団の副団長様!やっぱり私も魔術師団に入りたい!


 そのためにはこんなところで騎士様に絡まれている場合じゃあない。

 そもそもこの人、スカーレットと仲良しみたいだし、普通に関わりたくないです。


 そんな騎士様だけれど、シルヴァン様の登場に少しうろたえているようで、「シ、シルヴァン殿……」と口を抑えたまま呟いたあと言葉に詰まっていた。


 今この場にいるのは怒りを全身にみなぎらせながらも口元から決して手を離さない騎士様、胸ぐらをつかまれたせいで衣服の首元が乱れているものの怯えることもなくどこか憐憫を滲ませている私、なんともいえない表情で黙ったままでいるアンジェリカ様。

 漂う微妙な空気の中、くるりと周囲を見回したシルヴァン様。


「それで……ええっと、今ってどういう状況なのかな?」


 そうですよね。そりゃ困惑しますよね。これはばっちりと説明義務を果たさねば。


「あの、突然怒り心頭といった様子の騎士様に絡まれたと思ったら、あの騎士様、とんでもなくお口の匂いが強烈で……けれど身なりはきちんとしてらっしゃるので恐らくケアを怠るような性分ではなさそうにお見受けしますし、それなのにあれほどの匂いがするなんて内臓のご病気ではないかと疑って王宮医師への受診を進めていたところです。ですが、やっぱり自身の口臭がひどいなどという事実は受け入れがたいみたいで、ますます怒らせちゃいました」


 一応気を使って小声で伝えてみたのだけれど、視界の端で騎士様がびくりと肩を震わせたのが見えた。聞こえてしまったかもしれない。

 そうだよね、今はきっと自分に関する様々な声が敏感に耳に届く状態になっているに違いないものね……。


「こ、こうしゅう?息がくさいってことかい?」


 シルヴァン様は予想外の内容に目をぱちくりと瞬いて、あっさりと声に出して確認してしまった。

 どうしよう、私の気づかいは全てから回っているような……。


「ほ、本当に無礼なメイドめ!こんな辱めを受けたのは初めてだ!失礼する!」


 顔を真っ赤にした騎士様はそう叫ぶと、大股で去って行ってしまった。

 いや、申し訳ない。本当に申し訳ないとは思っている。だけど、やっぱり病気ではないかという心配はぬぐえない。


 いきなり掴みかかってきたし、スカーレットの信望者だし、好きか嫌いかで言えばすでにちょっと嫌いだけれど、それはそれとして、気付いてしまったからには彼の行く末が気になってしまう。


 内臓の病気は怖い。特に騎士様なんて体が資本なんだから、私への怒りから意地になって医師に診てもらうのを拒む、なんて事態になるのはどうか避けてほしい。


 指摘した者の責任として、最低限のアフターケアをするのも大事だよね。


「あの、シルヴァン様からものちほどあの方に受診をすすめてもらえませんか?今は受け入れられないでしょうけれど、落ち着いた頃に」


 しかし、シルヴァン様が答えるより先に、アンジェリカ様に声をかけられた。


「ねえ、ステラ、ちょっといいかしら」


「はい!なんでしょうか」


 ああ、アンジェリカ様にもとても心配をかけてしまったよね。不甲斐ない。せっかく殿下とのわだかまりも解けたことだし、出来る限り心穏やかに過ごしてほしいのに。よりによって私が心労をかけてしまうとは!


 そんな申し訳なさを感じていると、アンジェリカ様は怪訝そうな顔で続けた。


「ステラ、あの騎士の口臭の話って……いきなり掴みかかってきた騎士を撃退するために咄嗟に言ったことではないの?」

「ええっと?たしかに咄嗟と言えば咄嗟ですけども、撃退するとか考えるより先に反射的に反応してしまったというか……それより、私を助けてくださろうとアンジェリカ様もあの騎士様とかなり近づいてましたよね!?鼻は無事ですか!?」


 はっ!しまった!またもや失礼なことを口にしてしまった。

 しかしここに騎士様はもういないので許してほしい。


 というか、今まで本当に問題にならなかったのだろうか?

 いくら指摘しづらいことだとはいえ、我慢できない人がいてもおかしくないと思うのだけれど。


 だって、それほどにあの匂いはすごかった。

 敵から身を守るために、命の危険を感じるとものすごい激臭を放つ魔物が何種類かいるけれど、それといい勝負だった。命を守る激臭は嗅いでるコチラも命の危険を感じるレベルなのに、それを彷彿とさせたのだから、どれほどひどいか想像できるだろう。


 改めて考えてもあれは普通じゃなかった。病気ではないならなにかしらの呪いの可能性も疑った方が良いと思う。


 アンジェリカ様は美しく高貴なお方だから、きっといい匂いに囲まれて生活しているに違いないし、もちろん激臭の魔物とは無縁のはず。つまり耐性があるとはとてもじゃないけど思えないので、私などよりダメージを負ったのではないだろうか。


 そう思って心底心配になったのだけれど、アンジェリカ様は不思議そうに首を傾げる。


「わたくしにはその匂いは分からなかったのだけれど……」


 え、ええっ!?あんなにすごかったのに!?そんな馬鹿な!?

 驚く私にシルヴァン様は続ける。


「その口臭はステラだけが感じたというのか?まさかそれも魅了の魔力の影響なのでは?」


 そんなことある?

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