第23話 さっそく原因が分かったかもしれません?
私は落ち込んでいた。
本心から騎士様の体を心配してデリケートな問題を指摘したつもりだったのに、その息の匂いは私にしか感じられないいわば幻、幻臭だったのだから。
それはつまり、私はただむやみやたらに騎士様に暴言を吐き、辱め、心を傷つけてしまっただけだということで……。
わああ!本当に、本当に申し訳ない!
後悔と罪悪感に頭を抱えていると、思案顔だったシルヴァン様が口を開いた。
「いや、彼にとっては幸運だったんじゃないかな」
「そんなわけないですよね……!」
さすがにその言葉を受け入れるわけにはいかず、すぐさま否定する。
シルヴァン様はお優しいので私を励まそうとそう言ってくれたんだということも分かる、分かるけど!今の私は罪人にも等しいのでそんな優しさを受け取る資格はないんです……!
「確かに恥ずかしい思いはしたかもしれない。だけどそれもステラとカフィルス嬢、僕しかいない場だったわけだし、口臭が酷いなんて噂が広まるようなこともないだろうし」
「ううう……」
思わず想像してゾッとしてしまう。
噂まで広まるような事態になっていたら私は腹を切ってお詫びするしかなかった……!
「そして、君がそのことを勇気をもって指摘したおかげで、僕たちは彼が魅了の魔力に影響されている可能性に気づくことができた。君が黙って耐えていたら、恐らく誰もそのことに気づかないままだったでしょう?」
「……確かに?」
それについては一理ある、かもしれない?
「ステラはまだ半信半疑かもしれないけれど、僕はほぼ間違いなく彼は聖女に魅了されていると考えている」
「でも、これまではホコリだったり、汚れて見えたりという視覚的なものだったわけですよね?匂いが魅了の魔力と関係あるんでしょうか?」
「そもそも、魅了の魔力が視覚的にとらえられていること自体、すごく特別なことなんだ。そしてそれができている君だけが感じている匂いもまた魅了の魔力に関係していると推測するのは自然なことだよ」
そうなのかなあ。
いまだにシルヴァン様についていたホコリや殿下の顔の汚れが魅了の魔力だったということにもあまりピンときていないのに、あの匂いまでもそうだと言われても、私としては結構信じがたい思いなんだけれど。
私の中では、全部全部勘違いで、ただ私が汚れや匂いに過敏なだけという可能性も捨てきれないでいる。
「ステラ、わたくしもシルヴァン様の考えは当たっているように思うわ。もしも違っても責任は問わないと殿下にも約束していただいているのだし、難しいことを考えるのは殿下やシルヴァン様にお任せしましょう。だからあなたはそんなに重く考えなくていいのよ」
アンジェリカ様にそう言ってもらって、私は頷いた。
たしかに、シルヴァン様の言うことが全て当たっていようが、反対に間違っていようが、私には分からないのだものね。ただ見えるものや感じるものをお伝えすることしかできないのだし、それをどう判断するかは私の仕事ではない。
……いやでも、ホコリは私がこの手でとったし、殿下は私がこの手で叩いた。
もしもあの騎士様のお口の匂いが本当に魅了の魔力の影響だったとして、それを取り払うのってどうやればいいんだろう???
「まあ、まずはあれが魅了の魔力だとして、僕や殿下とは違ってなぜそれが『匂い』として現れたのか、その理由をみつけることが先かな。それが分からなくては、浄化の仕方を考えることも難しいからね。とにかく、殿下には僕から報告しておくよ」
「……はい」
✳︎ ✳︎ ✳︎
それから数日とたたないある日のこと。
私は王城の庭園の近くに身を潜めていた。
そこには遭遇したくない人物ナンバー1のスカーレットの姿が。
「今日もお菓子を作ってきたの。はい、ランディ!あーん」
そして、にこにこと上機嫌なスカーレットがクッキーらしきものを摘まみ、口元に差し出している相手は……あの時私に掴みかかってきたあの騎士様!
あの方、ランディさんというのか。そういえば名前を確認しておくのを忘れていた。
というか、仮にも聖女であるスカーレットとあんなに親しそうにしているのだから、きっとそこそこ身分の高い貴族家出身に違いない。ランディ様と呼ぶべきよね。
いや、それよりも。
(あ、あれかーーー!?)
なんだかピンと来てしまった。ああやってこれまでもスカーレットお手製のお菓子をあーんされながら食べていたから、その口から魅了の魔力の匂いがしていたのでは……?
確信はないけれど、なんとなく間違っていないような気がする。
というか、あーんって……。
多くの人がスカーレットに夢中になっているという話をまたもや思い出した。それは聖女という立場の魅力やスカーレットの美貌があってのことだと思っていたけれど。それだけじゃないのかもしれない。
スカーレット、まさか色んな男性にあんな風に振る舞っているの?そして魅了の魔力を振りまいている?
思わず遠い目をしかけたのだけれど、不思議なことが起こった。
「あ、あ……ぐっ!す、すまない!スカーレット様、少し体調が思わしくなく、あなたにうつしてしまってはいけないので、今日はこれで」
「えっ!?ランディ?」
スカーレットの差し出したお菓子を前に、ランディ様は苦悶の表情を浮かべて唸ると、口を手で押さえて逃げるようにその場を去っていったのだ。
……いや、全然不思議なことじゃないな。間違いなく私が口臭を指摘したことを気にしての行動だわ。
こうして彼の行動に影響を与えてしまっている事実を目の当たりにすると、改めてとんでもなく申し訳ない……。
「もうっ、なんなのかしら?シルヴァン様はあいかわらずつれないし、ハウイルド様も最近は忙しいとかいってなかなか会ってくれないし、ランディまでつまらないわ!脳筋騎士のくせに風邪なんかひくんじゃないわよ!」
置き去りにされた形のスカーレットはぶつぶつと文句を言っている。なかなかひどい内容だわ。
私はスカーレットの様子が気になってこっそり風魔法で音を拾っているので、周りにいる他の方たちには聞こえていないようだけれど。
ともかく、お菓子あーんが原因ではないかという考察を殿下たちに話しておきたい。
そう思い、そのあとすぐにその場を去った私は、こちらを興味深げに見つめる瞳には気が付かなかった。
「……なんだあのメイド?今、スカーレット様をじっと見ていたよね?そのわりにはファンって感じの視線じゃなかったし、おまけに気配を消していて、護衛たちの誰も察知していなかったじゃないか!私ですら去り際の一瞬の揺らぎがなければ気が付かなかった……ひょっとして危険人物?……へえ?」
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