第21話 とんでもなくくさい人がいる……

 

 王太子殿下付きのメイドになったことについて、レイラは自分のことにように飛び上がって喜んでくれた。


「ステラの努力がきちんと評価されて嬉しい!ジーンのいじめに耐えて、人の何倍もお仕事をして、誰よりも頑張っていたもの!ステラを自分付きのメイドにとりたてるなんて、王太子殿下ってば見る目があるのね!」


 私が殿下について「見る目がない奴!」と怒り、あまつさえそのご尊顔をひっ叩いたなんて知ったら、優しいレイラは失神してしまうかもしれない……。

 ので、無難に同意しておいた。


「ソウダネ!私も嬉しい!」


 まあ、見る目がないと思っていたのは魅了の魔力によって目が曇っていただけだったわけだし、アンジェリカ様を愛してらっしゃるんだから、間違いじゃないよね。


 そうして温かく応援されながら王太子殿下のメイドになったものの、そうそう目立つホコリをくっつけた人やなんだか変に薄汚れた人を見かけることもなく、平和にメイドのお仕事にせっせと励んで数日。


 それは、アンジェリカ様の登城に合わせてお迎えに上がり、一緒に廊下を歩いている時だった。




「おい!貴様か!異例の人事で王太子殿下付きのメイドになったというのは」

「は、はあ」


 ……私はなぜ、騎士様に胸ぐらをつかみあげられているのでしょうか???


 アンジェリカ様と歩いていたところ、遠くから目が合った騎士様が突然すさまじい速さでこちらに駆け寄ってきて、私に掴みかかってきたのだ。

 そしてものすごい剣幕で凄まれている。


「ちょっと、わたくしのメイドに何をするの!」


 アンジェリカ様が怒りをあらわに声をあげるも、頭に血がのぼっている様子の騎士様はそれに反応することもなく私を睨み続ける。


「殿下付きのメイドになったならば、まず聖女スカーレット様にご挨拶に上がるのが筋ではないのか?なんとも礼儀知らず!」


 え、えええ?なぜ殿下のメイドがスカーレットに挨拶しにいくのが当然みたいなことを言われているの??

 不思議でたまらないけれど。ははあ。さてはこの人、聖女に憧れと尊敬を抱きすぎて信望者になってしまった人ですね!!!


 胸ぐらをつかまれ、体は浮いているし、メイド服も伸びてしまいそうでとっても不快!

 至近距離で凄まれ、睨まれ、目力で焼き殺されそうなんですけど。


 いや、だけど、それよりも──


「ぐっ、も、もう!耐えられません!」

「ス、ステラ!」


 私の苦悶の表情と心からの叫びに、アンジェリカ様が悲痛な声を上げる。

 しかし、アンジェリカ様!この騎士様に近づいてはダメです!


 だって!


「く、くさい!!!くさすぎます!あなた、口がくさすぎるんですけど!?!?」

「エッ」

「……は?は、はああ!?」


 アンジェリカ様は戸惑い、騎士様は怒る!

 しかーし!口がくさい!くさいものはくさい!驚くほどくさいのだ!


「ちょ、ちょっと!この至近距離で口を大きく開けて声を上げるのやめていただいてよろしいですか!より多くの息が漂って本当に耐えられないので……!!」

「な、な、な……!」


 騎士様は顔を真っ赤にしてわなわなと震えながらよろめき、私の胸ぐらをつかんでいた手を離した。その手で自分の口元を押さえている。そりゃ気にするよね。なんだか申し訳ない。


 しかしおかげで少し距離ができて、やっと新鮮な空気を肺に送り込むことができる。


「ちょっと、ステラ、だ、大丈夫なの?」

 アンジェリカ様はすぐに近寄り背中をさすってくださる。私があまりにもぜえぜえと呼吸を繰り返すものだから……。

 ふう……。


 息を整え、騎士様に向き直る。これは……言わねばならない!


「あの、大変申し上げにくいのですが、それほどの口臭、どこか内臓に病を抱えているのでないかと思うのです……いえ、間違いなく内臓に異常をきたしています!そうでなければおかしいレベル、その息のくささはちょっと尋常じゃないですよ!きっとお忙しく、そんな部分にまで気が回らなかったのだと思うのですが、なんとかお時間を作って王宮医師に診てもらった方がよろしいかと……!!」


 私だって、なにも口臭なんてデリケートな問題を普段から気軽に口にできるほどデリカシーのないタイプではない。しかし、平然と振る舞うにはあまりにもくさすぎた!


 これは絶対に普通じゃないと思う。


 さすがに誰も面と向かって指摘できなかったのかもしれないけれど、指摘されずに本人が気づかず、知らぬ間に周囲から「あの人とんでもなくくさいな」と思われていることを想像すると……や、やだ!恐ろしい!私なら恥ずかしすぎて国から飛び出すレベル!


 それにこのままでは自覚のない病気がどんどん進行して、取り返しのつかない状態に……なんて結末も考えられる。


 それはあまりにも悲惨すぎる……!

 この騎士様、私のことがお嫌いなようだし、どうせ指摘されるなら今後一切かかわらなくてもいいような私の方がましだろう。親しい人に指摘されてしまえば、きっと今後のお付き合いに響いてしまうに違いないから。


 それにしても、さっきの口ぶりからするとこの騎士様はなかなか地位が高く、スカーレットとも関わる機会があるんじゃないかと思うのだけれど。あのスカーレットがこの口臭を我慢できるとは思えないんだけどな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る