第14話 せっかく心配してもらったけど、そろそろ我慢できない

 

「ステラ!」

「あれ?シルヴァン様?」


 仕事中に声をかけられて振り向くと、珍しいことにシルヴァン様だった。

 武器庫の掃除が終わったうえに、アンジェリカ様のメイドのお仕事もしはじめたから、前よりシルヴァン様と会う機会が減っていたのだ。


 シルヴァン様はこちらに駆け寄ると、なぜか私の周りをぐるぐると回り始めた。さらに控えめにペタペタと肩や腕などを触られる。

 これは……全身をくまなくチェックされている??


「あの??」


 困惑して声をかけると、ハッとしたシルヴァン様は慌てて私に触れていた手を離す。

 その頬が赤く染まっている。それに気づいてしまって私まで恥ずかしくなってしまう。

 自分から触っておいて急に照れないでほしい。


 なんと言っても、シルヴァン様は顔がいいのだ。普段は『魔術師団の副団長』というお立場が強すぎて意識していないけど、こういう機会があると途端にソワソワしてしまう。私だって素敵な男性にはときめく心を持っている。

 もじもじっとしながら離れたシルヴァン様をうかがうと、耳の先まで赤くなっていた。

 こんなにかっこいいのに意外とピュアなのかもしれない。


 こほん、と一度咳払いしたシルヴァン様は、一瞬の気恥ずかしい空気などなかったかのような顔をして仕切り直した。

 その目がものすごく心配そうな色を宿しているような?


「ステラ、君、大丈夫なのかい?」


「……えっと、なにがでしょうか?」


「最近、王太子殿下が君をたびたび呼び出していると聞いたんだ」


「えっ」


 私は驚いた。

 待って?まさか、殿下による呼び出し、結構知られていたりする??


 うわ!やだ!親しくしていると勘違いされても困るし、万が一スカーレットに目をつけられるようなことがあれば最悪だ。


「最近の殿下はどこかおかしい。そんな殿下に呼び出されていると聞いて、君が嫌な思いをしているんじゃないかと心配になったんだ」


 シルヴァン様はそう言ってため息を吐いた。

 まあ、実際のところ嫌な思いはしてますけども。


 それにしても、心配してもらえて嬉しいと思うべきか、そんな心配をされる王太子殿下大丈夫?と思うべきか……?


「私がアンジェリカ様のお側に付くようになって、興味を抱かれていらっしゃるようです」


 さすがに言えない。私自身に興味があるというより、アンジェリカ様から私を取り上げたいのかもしれないなんて。

 でも、心の中でそのことを考えてしまったばっかりに、苦虫を嚙み潰したような気分になる。ひょっとして顔に出ているかもしれない。


「そうか……とにかく、もしも困ったことがあればどうか私を頼ってくれ」

「ありがとうございます」


 深々と頭を下げた。

 本当は「それならどうか魔術師団にいれてください!」と叫びたかったけど、今はアンジェリカ様のことが心配だ。

 私はアンジェリカ様のことが大好きだし、恩も感じている。あんな悲しそうな目をしたあの方を放ってはおけない。


 でも、シルヴァン様が私を心配して気にかけてくれていると思うと心強かった。



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



 それからも王太子殿下の振る舞いに鬱憤はたまっていたのだけれど、しつこく「自分付きのメイドになれ」と誘うものの、断ればその場は引き下がるし、強制的にメイドにさせられることもなく、言うほど害はなかったので我慢していた。


 爆発したのは、アンジェリカ様だった。


「いい加減にしてくださいまし!今度はわたくしのメイドをお気に召したようですが、この子はあなたの好きにしていいような子ではないのです!そういうのは聖女様だけで我慢なさいませ!」


 アンジェリカ様は、自分のいない隙に私を自分のメイドに誘う王太子を見つけ、私をギュウッと抱きしめて殿下に向かってすごい剣幕て怒りをあらわにしたのだ。


「ア、アンジェリカ様……」

「ごめんなさいね、ステラ。わたくしがあなたを望んだばかりに嫌な思いをさせてしまって」


 アンジェリカ様は私を腕に抱いたままそう言って眉をハの字にした。

 こんなことを考えている場合じゃないけれど、あくまで殿下を責め、私を信用してくれているアンジェリカ様に嬉しい気持ちが湧きあがってくる。


 だって、下手したら私がアンジェリカ様に隠れて殿下に取り入っていると思われたって仕方ないくらいだもん。


(アンジェリカ様はきちんとその人のことを見てくれる方なんだわ)


 やっぱり、この方以上に王太子妃、ひいては王妃に相応しい人なんていないと思う。

 ますます、見る目の王太子殿下が憎い……!


 その王太子殿下はアンジェリカ様に怪訝な目を向ける。


「待て、さっきから何を言っているんだ?そのように謂れのない疑いを向けられるとは気分が悪い」


 本当に嫌そーうに、眉間にシワを寄せてそう吐き捨てる殿下。

 は?


 は?


 その眉間、貫いてやろうか……?


「君はもう少し、私の婚約者であることを自覚してくれ」


 まるでさも自分が被害者であるかのような苦し気な顔をする殿下。

 ──どの口が言ってんの!?


 こんなの、アンジェリカ様は大激怒でも許されるよ!

 しかし、そう思う私の頬に雨が一粒落ちてきた。


 いや、室内に雨は降らない。


 ハッと気が付くと、私より少し背の高いアンジェリカ様が、私を抱きしめたまま涙を流していたのだ。


「アンジェリカ様……!」


「ステラ、ごめんなさい。わたくしもう耐えられない」


「ああっ……!」


 私を離し、アンジェリカ様はその場から駆け出して行ってしまう。

 すぐに追いかけようとしたけれど、後ろから殿下の声が聞こえてきた。


「わけがわからない……!」


 もうダメだ。先にコッチだわ。

 振り向いて、王太子殿下を睨みつける。なぜか地面を睨みつけて拳を握る殿下とは目は合わない。


「殿下、差し出がましいようですが、一言申し上げても?」


 たとえこの国にいられなくなったとしても、この大馬鹿王太子を成敗するのが先だ……!


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