第13話 とんでもない打診
「実は、君のことがずっと気になっていたんだよね」
(はあ?)
頬杖をつき、和やかな微笑みを浮かべてそんなことを言ってくる王太子。
今の心の声が口から出なかっただけでも褒めてもらいたいわね。
そんな私の内心を知らず、殿下はにこやかに続ける。
「君にお願いがあるんだけど」
「なんでしょうか」
「王太子付きのメイドなんて興味ないかな?」
「はあ?」
しまった。今度は我慢できなかった。
しかし今のは仕方ないと思うんだ。
だって、この王子、一体何を言ってるの???????
「あの、よろしいでしょうか?」
「何かな?」
私の咄嗟の声に多分驚いて固まっていた王太子は、すぐに王子スマイルに戻って首を傾げる。
やるわね、さすが王子。
「私は殿下の婚約者様であらせられるアンジェリカ様に光栄にもご指名をいただいて、アンジェリカ様のご登城の際にはお側につかせていただいております。そのことはご存じで?」
「知っているよ。だからこそ君を私付きにしたいんだから」
王太子殿下の視線がとても鋭い。こんな目、絶対ろくなこと考えてないじゃないの!
私の脳裏には、目を伏せ寂しそうに微笑むアンジェリカ様のお顔が浮かんでいた。
『殿下はわたくしのことが気に入らないのよ』
何度もそう零されていた。きっとずっとその思いが鉛の様に心の中を圧し続けていたのだと思う。だから、それを吐き出せる私という相手が見つかって、口に出さずにはいられないのだ。これまでは黙って耐え続けていたのに、である。
それはつまり、アンジェリカ様の心はもう限界なのだということ。
次に、にんまりと微笑んで王太子殿下にしなだれかかるスカーレットと、それを嬉しそうに受け入れる殿下が浮かんだ。
……これまで耐えていたアンジェリカ様を限界まで追い詰めたのは、間違いなくスカーレットが現れたせいだ。
そして、この王子のせい。
それなのに、アンジェリカ様から私のことまで取り上げようって言うの?
「お断りいたします」
「えっ?」
「お断りいたします、王太子殿下。私はすでにアンジェリカ様のメイドでございます。そして、アンジェリカ様に登城時のメイドを指名して良いと許可をお出しになったのは殿下だとうかがっております。つまり、私がアンジェリカ様のお側につくことは、殿下がお許しになっていることと言ってもよろしいですよね?」
本当はアンジェリカ様のメイドをしているのは指名してもらったからなだけで、基本的には下っ端メイドのままなんだけど、まあこういう時には余計なことは言わずに省くに限る。
つまり、私が言いたいのはこうだ。
自分がいいって言ったことなんだから、まさか断るのを不敬だなんだの言わないですよね!?!?
「……その通りだね」
「お分かりいただけてよかったです!それでは、私はこれにて失礼いたします!もうそろそろアンジェリカ様がいらっしゃるお時間ですので!」
私にとっては殿下なんかより断然アンジェリカ様の方が大事なので!とは心の中でとどめておいてやった。
イライラしながら、廊下を早歩きで移動する。ああ、もう!気分が悪いわ!
しかし、嫌な出来事は重なる。そこに追い打ちである。
なにやら令嬢のはしゃぐ声が聞こえてきた。
「ええっ!スカーレット様、やっぱり王太子殿下と……?」
うわ、嫌な話題。
こっそり身を隠しながら声の方を覗くと、スカーレットが数人でお茶会をしていた。相手はどうも貴族のご令嬢のようである。
「つまり、殿下と恋仲というお話は本当でしたのね!」
「うふふ、あまり大きな声では言わないでね。殿下には
あー、なるほどね!どうしてこんな場所でお茶会?と思ったけれど、これはわざとだわ!
スカーレット、誰が通るとも知れない場所でこういう話をわざとしているんだ。自分と殿下の仲を広めようとして。
きゃあ!と頬を染める令嬢の横から、別の令嬢が身を乗り出す。
「ですが、アンジェリカ様と王太子殿下の不仲は有名ですもの。きっとスカーレット様が次の婚約者になる日も近いのでは?」
「まあ、そんなことを言ってはいけないわ。
「スカーレット様……とてもお優しいのね」
どこが!?!?
叫ばなかった私を誰か褒めてほしい。
嫌味しか言っていない。窘めているふりをして、肯定しかしていない。
優しいどころか、性格悪いことこの上ない。
ムカムカしていると、ハッと気づいた。
──殿下、まさか私を自分付きのメイドにしようとしているのって、スカーレットと引き合わせる為だったりしない……?
そして、ゆくゆくはスカーレット付きのメイドにしようとしているのかも。
アンジェリカ様のお側にいた私なら、そういう仕事が得意だろうと思っていて、そんな考えを?
(やだ!ありえないんですけど!)
普通にまずいし、普通に嫌だし、そんなことになればいくらメイドとしての立場が上がっても一生魔術師団になどいけなくなるにちがいない!
もしもスカーレットに私が
スカーレットは外面がいいから、特定の1人を徹底的にサンドバッグにするのだ。
マーファス家にいた頃の私のように……。
背筋がゾッとした。
ううう、これからはこれまで以上に王太子殿下とは関わらないように気をつけよう……!
そう思っていたのに。
私はその後、なぜかことあるごとに殿下に呼び出されることになるのだった。
◆◇◆◇
王太子付きメイドの打診をすげなく断り、さっさと退室したステラは、その後で繰り広げられていた殿下と側近のやり取りを知らなかった。
「……殿下、あっさり断られましたね。ぷ、くふふ……」
「お前、笑いを堪えられていないぞ。しかしまさか、こうもはっきりと拒絶されるとは思わなかったな。おまけに私のことを見るあの目、見たか?まるでゴミクズを見る目だった」
「でも、そういうところに興味を抱いたんでしょう?これで尻尾を振って大喜びで殿下のおつきのメイドになるような者であれば、がっかりしたのでは?」
「まあ、確かにそうだな……いや、彼女がアンジェリカのメイドをする限り、これからもいくらでも会う時間はあるだろう。アンジェリカがいない時間にはこれからも呼び出すつもりだしな。時間をかけてこちらへ引き込むさ」
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