第12話 許すまじ、見る目のない王太子め!

 


 運がいい事ばかり続いて、これならすぐに魔術師団に入れちゃったりするのでは!?とうきうきしていたのだけれど。


 それは、仕事であまり人気ひとけのない場所を通った時だった。


「やだー、ハウイルド様ってば!」


 キャハハと甲高い声が耳に届き、私の足はピシリと止まった。


(この声は……スカーレット!)


 いつかはこうして遭遇する時が来るとは思っていたけど、こんなに早くその機会が来てしまうなんて……!


 しかし、スカーレットが聖女である以上、ずっと王城にいるのだ。私の夢がかなって魔術師団に入ったあかつきには、当たり前に顔を合わせることも出てくるはず。


 つまり……私がしなければいけないのは逃げたり隠れたりすることじゃなく、スカーレットに存在を認識されたとしても私だってバレないようにすること!


 私は素早く自分をチェックする。


 眼鏡よし!

 これで目の色は見えないし、顔もあまり分からないはず。

 メイド服よし!

 スカーレットは、私のことを野垂れ死んでいると思っているはずだから、まさかメイドが私だなんて思いもしないはず。思い込みの力は強い。

 髪型、よし!

 髪の印象ってとっても強いものだから、これだけでもかなり目を誤魔化せるはずよ!


 いける……いけるわ……!


 とくに、今の私は下っ端メイドだから、聖女であるスカーレットと目を合わせるのはマナー違反だ。

 それどころかあのスカーレットのことだから、機嫌を損ねて「あのメイド、気に食わない!追放!」なんて言い出しかねないから、絶対に油断してはならない。


 目を伏せ、顔を俯かせきみに、足早に通り過ぎる。


 少し距離も離れていることもあり、側を通る私にスカーレットが意識を向けることはなかった。


 いける……いけるわ……今後もいける気しかしない!

 すっかり自信をつけた私はこっそりと振り返り、遠目でスカーレットを観察してみた。


 相変わらずスカーレットは美少女だ。おまけに聖女様の衣装なのか、すごく煌びやかで神秘的なドレスを身につけていて、マーファス家にいた頃よりもさらに輝いている。

 ……これで性格が良ければなあ。


 スカーレットには3人の男が群がっていた。

 1人は騎士っぽい人。もう1人はなんだろ、文官さんなのか、神官さんなのか……?服装じゃよくわかんないな。


 最後の1人が問題だった。どう見ても王子である。


(そういえばさっき、ハウイルド様って呼んでたよね……)


 つまり、あれがアンジェリカ様の婚約者、王太子ハウイルド殿下というわけだ。



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



 初めて見るのがスカーレットに侍ってチヤホヤしてる姿だなんて!私、王太子、嫌い!!


 しかもスカーレットは殿下にしなだれかかり、殿下もそれを受け入れてにこにこしていた。


 いつかレイラが『なんでも王子殿下もその側近もみーんな聖女様にメロメロなんだって!』って言っていたから、知っていたつもりだったけど。いざ目の当たりにするとすごく嫌な光景だった。


「ステラ?何かあったの?」

「いえ、なんでもございませんよ。アンジェリカ様、紅茶を淹れましょうか?」

「それじゃあお願いするわ」


 ああ、麗しくて優しい私のアンジェリカ様!

 こんなに素敵な婚約者がいるのに、王太子のやつ……。


 だめだ、イライラとモヤモヤが止まらない。


「まあ、とっても美味しいわ!ステラったら、紅茶を淹れるのも上手なのね」

「喜んでいただけて嬉しいです!」


 ほうっと息をついたアンジェリカ様は遠い目をしてため息をついた。


「この紅茶はね、わたくしが好きな紅茶だからと殿下が王城に仕入れるよう手配してくれたものなのよ」

「…………」

「それも過去の話ね。そんな時もあったなんて嘘みたい。もう何年も前から殿下はわたくしをほとんど見ないわ。目が合ってもすぐに嫌そうなお顔をされて。所詮政略結婚だもの、わたくしのことが心底気に入らないのね」

「そんな……」


 寂しそうなアンジェリカ様に言葉が出ない。


「だけど、あなたがいれば王城も悪くないわ。今まではわたくしを嫌う殿下のために妃教育を受けるか、嫌そうな顔ばかりの殿下と会うために王城に来ていたわけでしょう?それが、お友達に会いに来ていると思えばすごく楽しいもの」

「アンジェリカ様ぁ……!私はアンジェリカ様のことが大好きです!」

「うふふ、わたくしもよ」


 許すまじ、王太子殿下!

 アンジェリカ様にこんな顔をさせて、あげくにスカーレットなんかにうつつを抜かして、見る目のない王子め!!



 その後もアンジェリカ様が登城されるたびにお側についていたため、王太子殿下と顔を合わせることも何度もあったけど、関わりたくもないし、見たくもない!

 もちろん、私の身分では直接殿下と話したり接したりするような機会はないので、拒絶の気持ちを出来る限り最大限に表現した結果、絶対に殿下に視線を向けないようにした。


 殿下が目の前でアンジェリカ様に冷たい態度を取る度に嫌いになる。


 スカーレットとイチャイチャ楽しく過ごしているのを見かける度に嫌いになる。


 アンジェリカ様が悲しそうにため息をつく度にますます嫌いになる!




 そうして日々怒りと憎しみを募らせていると──


「やあ、よく来てくれたね。急なことで驚かせてしまったかな」

「……いいえ、とんでもございません。王太子殿下のご尊顔を拝する機会をいただけて光栄にございます」


 私はなぜか殿下に呼び出されてしまった。

 なんで!?!?


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