第15話 ムカつく王太子殿下に物申す!

 


 物申してもいいですかね!?と聞く私に、意外なことに王太子殿下は頷いた。


「ああ、なんでも言ってくれ」


 なになに、私なんぞに何を言われても痛くも痒くもないっていう余裕ですか〜!?


「それでは、お言葉に甘えて」


 私はキッ!と殿下を睨みつけた。

 ずっと直視しないように避けていたけど、今はそう言うわけにはいかない。口でもやるが、目でもやる!


 久しぶりにまともに見た殿下はどこか顔色が悪いような気がする。というか……なんかちょっと薄汚れている?まるで頰に煤を薄く塗ったように見える。きちゃない!

 まさか、スカーレットに夢中で健康もおろそかにしてお風呂もちゃんと入っていないなんて驚きなことは言わないよね?


「王太子殿下は愚かです!」

「……は?」


 言い切る私に、さすがに殿下が眉を顰めた。

 大変だ、口が滑った!


 まさかそこまで愚かな人じゃないよね?っと訝しみながら口を開いたもんだから、本音をそのまま出してしまった。


 だけど、もういっか!言ってしまったものはなかったことにはならない。それなら、もう今まで言いたかったこと全部言おう。

 不敬罪に問われたら魔法を使って即逃げ出そう。私がどれくらい魔法を使えるのかなんてここでは誰も知らないから、きっと出し抜けるはず。そして隣国の魔術師団に入ればいい。


 覚悟を決めて、殿下に詰め寄る。


「殿下は先ほど、去って行かれるアンジェリカ様のことをわけがわからないとおっしゃられましたけど!わけがわからないのは殿下の方です!」


「なっ、私のどこが──」


「あら!どこがか!わからないのですか!?」


 私は別に言い訳など聞きたいわけではない。言いたいことをぶちまけたいだけである。

 殿下は何か言いたそうだけど、言わせてやるものか!


「まず、アンジェリカ様を蔑ろにしていること自体が理解不能です!婚約者を蔑ろにするという行為自体が愚かなことですし、おまけにアンジェリカ様ですよ!?気高く!美しく!お優しい!お茶目でウィットに富んだ素晴らしい人です!私のようなメイドにも愛情を持って接してくれる稀有なお方です!」


「あ、愛情とは一体──」


 こんなに捲し立てているのに、殿下は果敢にも再び口を開こうとする。

 しかし!言わせて!やるものか!


「私をご自分のメイドにしたいなどと宣うのも、どうかしているとしか思えません!この状況で一体何を!?アンジェリカ様がどんな思いをなさるか微塵も考えないその所業、無神経さ!だぁああれがあなたなんかのメイドになるもんですか!アンジェリカ様、殿下が私をメイドに望む姿、また新しい女を気に入ったのかと思っていますよ」


「な、なにっ、私はお前に──」


「そもそもスカーレットと恋仲ですって!?あの!スカーレットと!?アンジェリカ様という素晴らしい婚約者がいながら、よりによってスカーレット!?見る目がなさすぎです!そのような人がアンジェリカ様に『私の婚約者であることを自覚してくれ』ですって?何を馬鹿なことを?そっくりそのままお返ししますとしか思わないのですが!?」


 殿下の顔色がますます悪くなっていく。というかなんかますます汚れて見える。

 これはもしや、心の汚れが顔にでているのでは~???ふん!


 私の勢いに戸惑っていた王太子殿下は、スカーレットの名前に反応した。


「……お前は、聖女たるスカーレット嬢のことを侮辱しているのか?」


 ──あああ!最低!たしかに状況だけを普通に考えるならば、ただの下っ端メイドが至高の聖女様を呼び捨てで侮辱するなど許されることではない。

 しかし、今の流れで一番に気にして怒りを覚える部分がそこだなんて!


 ますます見損なった!


 側に控えて空気のようになっていた騎士がぴりりと緊張感を発する。

 ただならぬ雰囲気を纏った王太子殿下は私に詰め寄り、肩を掴んできた。


「スカーレット嬢を悪く言うなど私が許さない!」


 ブチン、と、頭の中で音がした。

 何かが耳の奥で囁いている。こんなやつやってしまえ!!


「この最低王子め!」


 ばちーん、と乾いた音が響いた。なんの音だって?

 私が、王太子殿下の、頬を張った音である。

 ……手が痛い。


 そして、その痛みで急激に冷静になってきた。

 わ、私、一体何をしてしまったの……?


 王太子殿下を盛大に罵り、ブッ叩いてしまった。

 あ、あれ。これは、さすがに、やりすぎたのでは。


 ちらっと横目でうかがうと、護衛の騎士が目を丸くして、剣の柄に手をかけていた。

 斬られるかもしれない……。


「も、も、申し訳ありませんでしたあああ!!」


 その場で這いつくばり、額を地につける。

 騎士がの足がちょっとだけ視界に入っている。あの足先があと一歩こっちに動いたら全力で姿をくらまそう。多分殺されるから。


 しかし、殿下は騎士に驚くべき指示を出す。


「いい、控えておけ」


「ですが……!」


「いいんだ」


 あ、あれ?これってまさか、許される可能性がちょっとだけ残っている……?


「頭を上げてくれ」


 このまま永遠に伏せて、出来れば地にのめり込んでしまいたいところだ。

 しかしそれは出来ないので、恐る恐る顔を上げてみる。


 ……殿下はなぜか、すっきりしたような顔をしていた。


 いや、それでは語弊がある。顔色はすっかり青くなり、引きつっている。

 しかし、さっきまでとんでもなく薄汚れて見えたのがなぜか消えている。


 目の錯覚かしら……?


「今、君は何をしたんだ?」


 ひえええ!


「も、申し訳ございません!わたくしめがどうかしておりました!どうか命だけは!」


 私は再び平伏した。の、だが……


「違う!そういうことを言っているんじゃない!」


 ……ええっと。じゃあ、何を言っているんだろう??


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