第5話 偉い人は避けるぞ大作戦

 


 それからも毎日与えられた仕事をこなし、時間を作っては武器庫の掃除に通った。

 武器庫内の掃除がやっと終わりかけていて、これでそろそろ武器の手入れに移れそう!


 あれから、あの黒髪の美しい男の人には遭遇していない。ううん、正しくは遭遇しないように細心の注意を払っている。


 なんたって、あの日あの人がいた辺りに時々その姿が見える。やはりあの場所は彼のお気に入りの場所なのかもしれない。それに気づいてから、私の姿がうっかり見られてしまうことがないようにさらに注意を払っている。


 ああ、なんとなく嫌な予感がして翌日からばっちり警戒していてよかったわ!

 そうと気付けたからにはあそこを通るのを避け、バレないように遠回りして武器庫まで通うのみ。


 だってあんな美しい人、絶対高位貴族の偉い人に違いないもの。

 レイラがいつか言っていたみたいに、偉い人に変に目をつけられてしまうわけにはいかないのだ。それが侍女として出世が見込める相手なら、ひいては魔術師団への足がかりになるような部署と関わりがある相手ならばいいけれど、下手に文官やその他畑違いの部署の人だったら目も当てられない。魔術師団への道が閉ざされてしまってはたまらないからね。


 ローリスクローリターン。下手打って後悔する可能性があるくらいなら、まじめに働いて堅実に出世を目指すわ!!


 おまけにあの日、理由があったにしても不躾にも肩に触れてしまったから……見つかってしまったが最後、その権力で魔法士団どころか王宮で働くこと自体、首にされて王都追放なんてことになる可能性も……あるかもしれない……!!!


「そんなの絶対にいや!」


 思わず嫌な想像をしてしまい、ぶるっと肩が震える。


 そんなわけで、今も遠回りして武器庫の方へ向かっている最中だ。

 念には念を入れて、いつも毎回違う道を通るようにしている。

 私は下働きだから、今の立場では立ち入り禁止エリアも多くて、これがなかなか大変なのよね!


 今日選んだルートは初めての場所で、庭園の脇から入り込み、生垣の中を花や植物を痛めないように慎重に、道なき道を行く。

 実はこっそり自分の周りに回復魔法を薄ーく伸ばしてまとわせて、触れてしまう草花が傷つく代わりに少し元気になるように工夫してみた。


(通らせてもらうお礼です!)


 自分が触れる部分だけに施しているのは、庭師様の仕事への敬意を払うとともに、あまりに魔法を使いすぎるとさすがにバレてしまいそうで怖いからである。


 少しくらいなら大丈夫だということは最近ちょっとずつ試して検証済みだ。ギリギリを攻めるスリルもなかなかのものですわ……。


 なんて神妙に考えてみたりもするけれど、こうしてこっそり移動しているのも最近は少し楽しい。地味にこの広い王宮内にも詳しくなっているし。(武器庫に続く道限定だけれど)


 そうやってウキウキと向かっている途中で、なんだか小さな声が聞こえてきた。


「ぐすっ、ぐす……」


 これは、泣き声?

 気になって声の方に近づいてみると、なんとびっくり!生垣と生垣の間に挟まるようにして、ドレスの女性が蹲っていた。


「まあ!どうなさいました?もしや挟まって動けなくなったのですか!?」

「ひっ!えっ!?」


 びっくりして思わず声をかけると、女性の方もびっくりして悲鳴を上げた。

 大変、そんなつもりはなかったけれど、突然声をかけるなんてそれは驚くわよね。

 そう思い、慌てて言葉を続ける。


「突然申し訳ありません。声が聞こえてきたものですから……あの、出られなくなっているのでしたら、お助けいたしましょうか?」


 私の申し出に、目の前の女性は何も答えずポカンとしている。

 その顔を見ていると、はて?とそもそもの疑問が浮かんできた。


「というか、失礼ですがなぜこんなところに……?」

「それはこちらのセリフよ……」


 たしかに。

 生垣に挟まっている女性もなかなか珍しいけれど、生垣の中から現れた私もよく考えるとそうとう怪しい。



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



「お見苦しいところをお見せしてごめんなさいね。わたくしはアンジェリカ・カフィルスよ」


 ひとしきり泣いて落ち着いたのか、女性は生垣の中から抜け出すと名乗ってくださった。の、だけど……。


 待って、アンジェリカ・カフィルスって聞いたことがあるわ……!だって私たち下っ端侍女たちの間でもとっても有名な人だから……!!


 光り輝き波打つ金髪に、エメラルドのような煌めく瞳。華やかな美人で気品漂う麗しい人。カフィルスといえばこの国でも特に力を持つ公爵家であり、つまりこの人は公爵令嬢であり、


 そして、そして──


(カフィルス公爵令嬢って、王太子様の婚約者様じゃないのーーー!!)


 偉い人を警戒して避けてたつもりだったのに、とんでもなく偉い人と遭遇してしまった……!!!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る