第4話 偉い人に目をつけられるわけにはいきません
「ステラ、今日からあなたに新しい仕事を命じるわ。できるわよね?」
「えっ!は、はいっ!」
朝の挨拶が終わった後、一人だけジーナに呼ばれて何かと思ったらそんなことを言われた。びっくり!
――こんなに早く私の仕事を認めてもらえるなんて!
これってそういうことだよね??
新しく任されたのは、今は使わなくなった武器庫に眠る武器の手入れだった。
どうも一日でどうにかできるような量ではないらしく、通常業務の合間に少しずつ進めればいいとのこと。
ジーナさんって厳しいし気難しいって話をよく聞かされていたけど、結構優しいよね!もっとできっこないスケジュールで難しい仕事を押し付けられたりとかもあるのかな~なんて思っていたけど、全然そんなことはない。
いつものように洗濯から私の仕事は始まる。
洗い場に行くと、これまたいつものようにレイラが隣に並んで洗濯を始めた。
「おはよう、レイラ!」
「おはようステラ。あっ、そうだ知ってる?聖女様って真っ赤な髪のとっても美人な人なんだって!って、わあ!」
突然の聖女様の話題にびっくりして泡をレイラに飛ばしてしまった。
……スカーレット、もう王宮にいるんだ。
「ちょっとステラ!気をつけてよ!」
顔に飛んだ泡を拭いながらレイラが私を睨みつける。
「ごめんごめん、驚いちゃって。それで、聖女様がなんだっけ?」
私達のような下級メイドの働く場所にはなんの影響もなかったけれど、数日前に聖女スカーレットは王宮についてそれはもうお祭り騒ぎだったらしい。
レイラはいつも情報通ですごい。
「なんでも王子殿下もその側近もみーんな聖女様にメロメロなんだって!さすが聖女様よね~。どんだけ美人なんだろうね?」
「へえ……」
みんな……聖女様にメロメロ……。
確かにスカーレットは美少女だけど。
「一目でいいから見てみたいなあ~。ま、私達みたいな下級メイドにはそんな機会、滅多にないだろうけど」
「あはは、そうだね」
私は絶対会いたくない!
万が一会っても、すぐに気づかれることはないと思うけど……。
顔を隠すための大きな眼鏡をぐいっと手で押し上げる。この眼鏡、度は抜いているけどレンズが重くてずるずる下がるんだよね。
洗濯が終わり、持ち場の掃除なども終わって時間ができたので、新しく仕事として与えられた例の武器庫に向かった。
武器庫は人目に付きにくい、敷地の端の方にひっそりとあった。なんというかちょっとした物置みたいな小屋で、ずいぶん古びれている。
だけど扉は鉄製?でかなり重い。おまけにたてつけの悪い引き戸で、全力で引っ張る!でもなかなか開かない。やってる間に二回眼鏡がずり落ちて、誰もいないし眼鏡は途中で外した。
そうしてなんとか扉を開けると……。
「けほっ!けほっ。こ、これはひどい」
びっくりするほどホコリまみれだわ……!
ただでさえ日の光が入らず暗いのに、空気が悪すぎてよけいにどんよりして見える。
「武器の手入れどころじゃないわ!まずは武器庫内の掃除からしなくちゃ……」
こんなところにこのまま長くいれば病気になっちゃうわ!
掃除道具を持ってきておいてよかった!私は布を巻いて口元を隠してまずはホコリを集め始めた。
「ん、なんかこのホコリ……ジメッとしてるなあ」
ちょっと気持ち悪い。まあふわふわ舞ってしまわないだけまだマシかなあ。
ただしその分ちょっと掃いただけではとれない。ホコリ……だとは思うけど、なんだか少しこびりついてる?
結局どうしてもホウキやハタキではとれなくて、手で取る羽目になった。最初は手袋をはめてやってたんだけど、なぜだかそれだと上手く掴めなくって、最終的に素手で集めることに……。
だけど不思議と素手だとひょいっとつまんで取れるんだよね。途中から楽しくなってどんどんホコリを集めていったけど、さすがに時間がなくて五分の一も終わらなかった。この後はまた別の仕事もしなくちゃいけない。
これは……思っていた以上にここのお掃除手ごわいわ……!燃える……!
武器庫を出て王宮の方に戻ろうとしていたら、その途中にあるベンチに人が座っていた。どうも眠っているらしい。ここ、人がほとんど来ないみたいだから、一人でゆっくりしたかったのかな。
さらさらの黒髪がうつ向いた顔を少し隠している。ゆったりとした白いシャツに、袖を通さず肩に藍色の上着を羽織っている。ずいぶん身なりの綺麗な男の人だから、ひょっとすると王宮に勤める偉い人かも。
ただものすごく気になることが。そんな身なりの綺麗な人なのに、羽織った上着の肩口に大きなホコリがついている。
どうしても気になって、起こさないようにそうっと側まで近寄ると、ぱぱっとホコリだけ取ってあげた。
……のに!
「ひゃあ!」
ホコリを摘まんだとたん、にゅっと伸びてきた腕に手首を掴まれた!
「ん……君は?」
掠れた声がとんでもなく色っぽい。俯いていた顔を上げて、まだ眠そうな目がぼんやりとこっちを見る。宝石みたいなアメジストの瞳がすごく綺麗で思わず息をのんだ。瞳と同じ色のピアスが顔の動きに合わせて揺れる。
目が合っていると、そのままその瞳の中に吸い込まれてしまいそうで――。
「なっ、」
「……な?」
「名乗る程のものではございません!!」
危ない!つい見とれてしまった!
あんな綺麗な男の人、絶対高位貴族で絶対偉い人だ!
偉い人に目をつけられてしまうわけにはいかないのに、逃げ出すのが遅れてしまったわ!
動揺した私は思わず掴まれた手を振り払って、脱兎のごとく逃げ出したのだった。
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