第3話 余計なことはしない方が良いらしい

 


「本当に未経験ですか?あなたは家名を持たないものの元は貴族のご令嬢だと聞いていますが……素晴らしい成果です」


 メイド長が感嘆の声を漏らしながら私を褒めてくださる。

 今日は三日間の基礎研修が終わり、配属先決定のための簡単な試験を行われている。


 項目は洗濯、掃除、物の名前の覚えの確認、与えられた仕事をもとに自分でタイムスケジュールを組み、きちんと時間内に終わるかどうかなど。ちなみに基本中の基本程度の生活魔法は使用可。


 正直ものすごーく簡単だった。だって洗濯も掃除もマーファス伯爵家では私の仕事だった。なんなら料理も出来にこだわらないならば作ることができる。嫌がらせの様に私の食事がないことも多かったから。

 両親が生きていた五歳までに読み書きは覚えていたし、あとは空いた時間に屋敷の書庫に揃えられた本で、ある程度の勉強は独学ですることができた。


 つまりはこの試験、楽勝だったのだ。


 完全な未経験者は四人。

 私以外の未経験者三人のうち、男爵令嬢のクレアもある程度のことはこなすことができた。ただし時間がかかるのが難点。子爵令嬢のエミリーはここにくるまで掃除や洗濯はしていなかったようで、研修の間に頑張っていたもののまだ手元がおぼつかない。唯一平民からの採用となったミラは、作業は完璧だが文字が読めず、名前の覚えが曖昧だった。


 個人としての力量を見たいとのことでこの三日は他の三人とはほぼ顔を合わせることなく研修を受けたので、協力し合うことができなくて少し残念。


 でもこれで、少なくともこの中では私が一番魔術師団に近いわ……!

 とはいえ経験者枠の候補者もいるから、ここからもっと頑張らねば!



「では配属先を決めます。班長には話を通しておくので、今後は各配属班の班長の指示に従うように。あなたたちのこれからの活躍を祈っています」


 メイド長はニコリと笑いそう言った。この方、ひっつめ髪に厳しい表情で随分きつく見えるけれど、教え方は丁寧だし頑張れば褒めてくれる。随所随所で労わりの言葉までかけてくれる、とっても優しい人だということが三日間でよく分かった。



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



「私が班長のジーナよ。ハア、なんで初心者の面倒なんか……足引っ張るのだけはやめてよね!」


 ジーナさんは私の配属がとても不満らしい。嫌な顔を隠しもせずにため息をついた。

 ま、仕方ないかもね。誰だって足手まといはめんどくさい。

 早く認めてもらえるように、私は使える人材だと評価してもらえるように頑張らなければ!


 ジーナ班は下働きの中では比較的ランクが上の班らしい。王宮で働く衛兵や料理人などの身の回りの洗濯や掃除なども仕事に含まれる。

 一番下は完全に隔離され、汚れのこびりついた掃除具の手入れや暗く人の寄り付かない裏方の場所の掃除などが主になる。

 上に行けば行くほど、位の高い人達の居住区や職場に近い場所が持ち場になる。頑張れば侍女や秘書のような仕事に就くことも可能で、下働きは仕事を評価してもらうか位の上の人に拾い上げてもらうかで出世する。


 うーん、城内での仕事の序列があまりよく分からないけれど……とにかく私は与えられた仕事を全力でこなすだけ!

 いつか魔術師団に入り魔術師として活躍する自分を想像しながらジーナさんに指示された仕事を片付けていった。



 水場に洗濯物を持ち込み手洗いしていると、もう一人メイドがやってきて、隣のタライで同じように洗濯を始めた。

 仕事をしながら話してみると、違う班に所属する同年齢の女の子だった。


「あなた今日からの新人よね? 私はダイアナ班のレイラよ! よろしくね」

「よろしくレイラ、私はステラよ」


 レイラはとてもお喋りで気さくな女の子だった。私達はすぐに意気投合した。


「いい? ジーナは気難しいから絶対に口答えしちゃだめよ? 私達みたいな班に所属するメイドは班長の評価が直接今後の出世に関わってくるから」

「なるほど……」


 ジーナさんは気難しいのか。脳内にメモメモ。


「それから、功を焦って余計なアピールなんかも絶対しちゃダメ。職務以上のことをしてクビになった人もいるからね! なんとなく、想像つくでしょう?」


 びっくりして一瞬手元が狂い、水がパシャンと顔にかかった。隙あらば魔術を披露してどこかで魔術師団の偉い人の耳にこんな子いるよ~! って話が入ったりしないかな?と考えていた浅ましい魂胆を見抜かれた……!?

 優しいレイラ……遠回しに愚かな私に釘を刺してくれたのね……!


 これは本当に地道にメイドのお仕事頑張るしかないか……。


 ちょっとがっくりした私を見て、レイラが呆れたようにため息をついていることには気がつかなかった。


「確かにステラはよーくみると眼鏡の向こうは結構可愛い顔してるから、本気になれば城に勤める高位貴族のご令息に見初められるなんてこともあるかもしれないけど……過去に実際に仕事中に男にちょっかいかけて首になった子がいるからね! 絶対に上位職務の仕事に手出したりしちゃだめよ! 文官や騎士様のお世話係は選ばれしメイドや侍女の仕事なんだから、どうしてもお近づきになりたいなら出世するしかないわよ!」


「…………」


「ちょっと、ちゃんと聞いてる?」


「えっ? ああ、ごめんごめん、聞いてるよ……とにかく余計なことはしちゃダメなんだよね。クビにならないように気を付ける」


 魔術大披露で一気に魔術師団入団へ! みたいな妄想がガラガラ崩れていったショックで正直あんまり聞いてなかった。ごめんレイラ! だけど大体わかったから大丈夫よね。


「位の高い文官や大臣の方から勝手に見初められた場合でも問題になったケースがあるらしいから本当に気を付けて! ステラはなんだかちょっと抜けてるっぽいから心配だわ……」


「それは……勘弁してほしいわね……!」


「でしょ!?」


 文官や大臣に見初められるって、文官として出世しちゃうってことよね!? やだやだ! そんな斜め上の出世コースにのっちゃったら魔術師への道が遠ざかっちゃいそうだわ!


 これは本当に気を付けなければ……!



 ◆◇◆◇



 メイドとして働きだして数日。私は全然知らなかったけど、実は早くも私の働きぶりは評判になっていたらしい。

「仕事も早く丁寧で、愛想のいいステラ」

 関わる下働きの下男や持ち場が近くすれ違うことの多い衛兵などから知らないうちに密かに人気になりつつあったのだ。


「ステラちゃん、可愛いよな~!いつも忙しそうなのにニコニコしててさ」

「いつ見ても仕事ぶりも丁寧だし真面目なのに疲れた顔もしないし、きっとすぐ出世して持ち場変わっちゃうんだろうなあ」

「うわー!そしたら俺達の癒しが……なくなる……くうう、でも応援はしてやりたい……!」


 そして、班長のジーナさんが不穏な気持ちを抱き始めていることも、私は全く気付かず能天気に仕事に精を出していたのだった。



「何よ、あの新人……!男に媚売るのが上手いのね……!そんなに余裕ならもっと仕事させてあげないとね?フン!」



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