第1話
明日は英語のテストなので、うっかり寝てしまわないよう友人達とメッセージで励まし合いながら勉強に勤しんでいた。
『私もうだめだ〜、あきらめてもう寝る〜。おやすみ〜』
ポコン!と言う通知音と共に脱落を告げるメッセージが現れた。
『私も〜。おつかれ〜』
『裏切り者ぉ〜!ノートは見せてあげないからね!私はまだ頑張る〜!!!サヤカもまだ起きてる?』
スマホの時計は1:40を過ぎていた。
もうすでにうとうとし始めていたが、あと数ページ進めておきたかった。
『うう〜、眠いけどもうちょい頑張る〜!お互いがんばろ〜!!先に寝る君たちオヤスミ〜』
猫が丸くなって眠っているイラストと、続けて猫が鉢巻きをして瞳に炎を宿しているイラストを送った。
よし、もうひと踏ん張り!とノートに向き合うと、飼い猫のムーがノートの上に陣取っていた。
「もぉ〜!ムーったら邪魔しないでよぉ〜!」
ししし、と手で払うしぐさをしたが、仔猫は眠そうな目をして「くわぁ〜っ」と大あくびをしてみせた。
つられてサヤカも思わずあくびをした。
「あぁん、ムーを見てたら余計眠くなる〜!ほらぁ、ベッドで先に寝てて!」
仔猫を抱き上げベッドに下ろした。仔猫の体温を感じて更に眠気が襲った。
仔猫はちゅちゅちゅ、と自分の肉球を吸った後眠りについた。
サヤカは眠気を覚ますために自分の両頬をパン!とはたいて気合を入れた。
スマホには最後まで頑張ると言っていた友人の「とりあえず試験範囲内まで終わった。お先。」というメッセージが届いていた。時刻は午前2時を回ろうとしていた。
範囲内の復習をやっておきたかったが、このままでは3時になりそうだ。
仕方がないのでリスニング問題を2、3問だけ終わらせて寝よう、と耳にイヤホンをねじ込み、参考書のQRコードを読み取った。
耳元から流れてくる英文を聴きながら瞼が落ちてくるのに抗えず、そのまま夢の世界へと旅立って行った。
◇
気がつくと、ムーは不思議な場所にいた。あ、これはサヤカちゃんがいつも眺めてるやつだぞ、と巨大なソレを見て思った。
それはムーの体の何倍もある参考書だった。ムーには読めるはずもないが、英語や、古文や、数式なんかが一冊の中に出鱈目にぎっしりと書かれてあった。
その他にもノートや、教科書や、勉強道具に混じってサヤカが熱を上げているアイドルの写真なんかも宙に浮いていた。
しばらく進むと、巨大なノートに巨大なマーカーで線を引こうとしているサヤカを見つけた。
「あ!サヤカちゃんだ!!!うわーい!!!」
ムーは嬉しくなってサヤカに飛びついた。
驚いたサヤカは巨大なマーカーを宙に投げた。
「ムー!ダメじゃない!また勉強の邪魔して!」
「なんで怒るのー!サヤカちゃんぜんぜん僕と遊んでくれないんだもん!」
ぶんぶんとしっぽを振ってムーは拗ねた。
「仕方ないでしょー!テスト期間だから忙しいんだもん!って、あれ?ムーが喋ってる???」
「おはなしできるねー!僕サヤカちゃんとおはなししたかったからうれしい!」
「えー!なんだろこれ!すごーい!夢みたい!んん?あ、夢なのか!」
「ユメ?僕よくわからないけど、なんでもできるんだよ!ほら見てサヤカちゃん!」
そう言ってムーは器用に二本足で立って歩いて見せた。
「えー!ムーってば、すごーい!」
「こんなのもできるよ!」
今度は逆立ちをして見せ、そのままブレイクダンスのような動きをした。
「ひぇー、ムーってばただの可愛い仔猫じゃなかったのねぇ。」
ぱちぱちと拍手をしながらサヤカはムーの軽やかなダンスを眺めていたが、はっ、と我に帰り、
「待って!これが夢ってことは私寝ちゃったの!?やばいよーーー!!まだリスニングが残ってたのにーー!!」
「サヤカちゃん、それってそんなに大事なの?僕と遊ぶよりも??」
ムーはビー玉のように透き通る青い瞳を潤ませながらサヤカを見つめた。
「うう、そんな目で見ないでよぉ…。今度の試験でいい点取れたらお小遣い上げてもらえるんだもん。成績下がったらお小遣いダウンだから必死にもなるよぉ〜!」
「じゃあ、僕もサヤカちゃんと一緒にそれやる!」
「えっ!?ムーが一緒にテスト勉強するの?」
「うん!テストベンキョできますように、っていっぱいお願いしたらできるよ!僕さっきのもテレビの人みたいにうごけますように、ってお願いしたの!そしたらできるよ!」
「いくら夢とはいえ仔猫に英語ができるのかなぁ…。ってゆーか、夢の中で勉強したってどうせ全部忘れてるよぉ〜。」
「問題1、次のアンディとスーザンの会話を聞いて、会話の内容に合っているものにはT、合っていないものにはFを書きなさい。」
「げっ、ムーってば急にどうしたの?」
それからムーは驚くほど流暢な英語でアンディ役とスーザン役を演じ分けてみせた。
「もー、わかったよー!やるやる!あと3問はやろうと思ってたしっ!」
「問題2、次の会話を聞いて、アンディの質問に答えなさい…」
…
…
…
「第10問、問題4…」
「ねぇ、ムー…それもう試験範囲より先の問題なんだけど…」
「僕よくわかんない。勝手に口から出てくるんだもん。」
「えー!せめて最初の問題に戻ってよー!先に進み過ぎて忘れちゃってるよぉ〜!」
「○△◇⭐︎×△◻︎」
「知らない単語並べるのやめてぇ〜!!!」
◇
サヤカはほっぺたに、ぷよぷよとした柔らかいものが当たる感覚で目が覚めた。
ムーの肉球だった。
肩には毛布が掛けられており、窓からはすっかり光が差し込んでいた。
耳元のイヤホンからは
「第23問…」
という無機質な声が聞こえてきた。
リスニング問題を再生したまま眠ってしまっていた。
終わった…。やってしまった。
せめて昨日眠ってしまうまでに勉強した範囲から出題されるのを祈るしかなかった。
「にゃあ!にゃおん!!!」
ムーが朝ごはんの催促をしている。
そういえば昨日の夢にムーが出てきたなぁ、夢の中でも勉強していてなんだか疲れた…。
味噌汁のいい匂いがしてきた。
ママったら部屋に入ったなら起こしてくれれば良かったのに。
ちょっと文句を言いたい気持ちになったが、小遣いの事を思い出してぐっと我慢した。
明日の数学だ!明日の数学で挽回すればなんとかなる!
今日は徹夜して勉強するぞ!
サヤカは新たな壁に立ち向かう覚悟を決め、部屋のドアを開けた。
ムーも一緒について行った。
ムーは、もちろん夢の内容をすっかり忘れてしまっていた。
今日はサヤカちゃんと一緒に寝れるかなぁ?とか、ご飯を食べた後に遊んでもらおう、とか、考えているかどうかはわからないが、とてもご機嫌な事だけは、ピン!と立った尻尾が物語っていた。
仔猫のムーは夢を見る 猫目じろ @polarnight
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